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中国は絶景の宝庫です。ヒマラヤ山脈の高峰群から広大な砂漠、亜熱帯のタワーカルストに至るまで、多種多様な環境で生まれた地形が目白押しです。隣国ということで取材にかかる時間や経費も、欧米のそれの約半分から1/3で済むのも魅力です。今回はその中からSNSの画像投稿で一躍有名になった絶景地、張掖丹霞地形を取材しました。
中国の地形 あらまし
中国の地形は、大まかには西南部の標高4000~8000mの山岳エリア、東側の海に面した肥沃な低地、そしてその中間にある標高1000~2000mの大陸性気候の乾燥地に分かれます。
中国西南部の山岳エリアは、ヒマラヤ山脈、チベット高原、クンルン山脈、祁連(キレン)山脈に囲まれた範囲を指します。高峻化の始まりは、南から移動してきたインドプレートがユーラシアプレートに衝突したことです。双方のプレートとその間あった海底堆積物がヒマラヤ山脈として隆起し始めたのが約5500~5000万年前のことです。さらにユーラシアプレートの下に潜りこんだインドプレートの浮力でチベット高原が隆起をはじめ、それは今も続いています。
クンルン山脈とその隣の天山(テンシャン)山脈は、古生代に活動をしていた古期造山帯の山脈です。本来なら侵食により削られて準平原化されるはずでしたが、この衝突の影響で再び隆起しています。
中国中央部の盆地には砂漠が広がっています。これは大陸上に居すわる乾いた気団によるもので、年間を通して雨が少なく乾燥しています。また夏と冬、夜と昼の寒暖差が大きいのも特徴です。
東側の低地は大河が運んだ土砂によってできた肥沃な土地で、農業はもちろん海陸の要所でもあることから経済の中心地となり、中国の人口の6割がこのエリアで生活をしています。
張掖丹霞地形
■丹霞地形とは (中国語では丹霞地貌と表記)
丹霞(たんか)地形とは、大地の隆起とその後の侵食により現れた赤い堆積岩からなる断崖地形を言います。赤い岩峰がそびえる景観で有名な広東省の丹霞山から名づけられました。
2010年には「中国丹霞」の名称で、広東省の丹霞山、福建省の泰寧、江西省の龍虎山、湖南省の莨山、浙江省の江朗山、貴州省赤水の計6か所が世界遺産に登録されました。丹霞地形の景観の独自性が認められてのことです。これはらすべて中国の南部エリアにあり、丹霞地形の定義のなかには「南部に見られる」という限定もありました。しかし最近ではエリアを限定することもなく、見た目に赤い岩であれば丹霞地形という言葉を使用しているような節があります。張掖丹霞地形もその例のひとつです。
■張掖について
張掖市(ちょうえきし)は、中国北西部の甘粛省(かんしゅくしょう)にあります。このあたりは、古くから急峻な地形の合間を通るシルクロードの回廊的な役割を担っており、黄河の西にあることから「河西(かせい)回廊」と呼ばれています。甘粛省の州都である蘭州からウルムチまで通じる高速鉄道に乗ると、車窓の左手には祁連(キレン)山脈が見えています。右手にも岩山が続き、鉄道沿いのみが細長い盆地が連なる地形になっていることがわかります。
■張掖の気候
下の表は張掖市の気象データです。年間降水量が130mmと極端に少なく、また夏と冬、昼と夜の寒暖差が大きい典型的な砂漠気候であることを示しています。この気候が張掖丹霞地形の造形を作った要因のひとつとなっています。
また旅行者目線でこの表を見ると、夏と冬は観光に不向きであることがわかります。4月・5月・9月・10月が気象統計的にはよさそうです。
■張掖丹霞地形について
張掖丹霞地形(検索では張掖丹霞地貌)は、七彩丹霞公園が一般公開された2008年にはじまります。まだ歴史は浅いものの、画像投稿サイトの活況により一気に全世界が注目する絶景となりました。見学地としては七色の地層で有名になった七彩丹霞公園、赤い堆積岩の土柱からなる氷溝丹霞公園、東洋のグランド・キャニオンと呼ばれる平山湖大峡谷があります。張掖市からの距離は、七彩丹霞が約38km、氷溝丹霞が約45km、平山湖大峡谷が約58kmです。
張掖丹霞地形は、2011年に中国国内の国家地質公園(ジオパーク)に登録されました。
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七彩丹霞公園
文字の通り、地表に現れた七色の地層が見せ場となっています。SNSに投稿された七彩丹霞の写真は、驚くほど鮮やかな七色をしていますが、実際はそこまでではありません(投稿者の気持ちはわかりますが・・・)。それでも他では見られない大地の彩りとそれがうねる様子は目を見張る美しさでした。
公園内には6か所の展望台が設けてあります。私が行ったのはそのうちの3か所です。各展望台ごとに写真を紹介します。撮影は午後から日没後までを2日連続で行いました。天気は、初日がくもり、2日目が快晴でした。
■七彩雲海台
展望台の東側に七色の地層が波のように広がります。よくパンフレットで見る七彩丹霞を代表する景観です。パノラマから細部のアップまで、レンズを交換しながら光の変化を楽しみました。
■七彩紅霞台
観光客には階段を上った高台の展望台が人気あるようで、狭い稜線上につけられた遊歩道は大変な混雑です。もちろんそこからのパノラマ的な眺めもよいのですが、私個人はバス乗り場周辺のデッキからすぐそばにある地層を前景にして、中景・遠景と組んでの撮影に手応えを感じました。ここは近景からパノラマまでが撮れるのでカメラマンに人気のポイントです。
■七彩仙縁台
地層の模様の鮮明度が一番美しいのはこの七彩仙縁台です。ここではおもに望遠レンズを使い美しい模様の切り取り撮影を行いました。またバスのりばの前に広がる地層には大きな褶曲が見られます(現地に解説板あり)。地層が凹む「向斜」です。水平に堆積した地層を押した強大な力を感じます。
車道向こうの旧第三展望台へは、山の稜線を通しても歩けますが、省エネを図るなら、車道脇の歩道を東の端まで移動しそこから丘の上の展望台にあがります。
■七彩丹霞の地質
まず写真を見てわかりますが、七彩丹霞の地層は岩石としてはまだ半人前で、泥が固まった程度の強度しかありません。降水量が年間200mmにも満たない砂漠なのでこの地形が維持されるのでしょう。これが多雨の日本にあればすぐに溶けてなくなってしまいます。
以下は、中国語の公式パンフレットを翻訳アプリを使って訳しそれをまとめたものです。地層が堆積したのはおよそ1億1000万~1億年前のことで、ちょうど祁連盆地の沈降期にあたり、盆地内には大きな湖がありました。当時から砂漠気候の影響下にあり、時々の気温や降水量によりその水位は大きく変動したようです。また周囲の土地から鉄分とカルシウム分が湖に流入しそれらを含む堆積層ができました。その他にもさまざまな成分が流れ込み(このあたりが肝心ですがアプリではうまく訳せず意味不明です)、成分の異なる堆積層ができたことで、あの七色の地層が生まれました。
■七彩丹霞公園を巡る
公園がオープンしたばかりの頃の旅行記を読むと、各展望台に名前はなく、第一から第四までの番号があるのみでした。その後ジオパークとして整備される中で、あらたに七彩錦秀台が新設され、周遊ルートが敷かれたようです。
観光バスのメインゲートは北門になります。ゲートで入場料を支払い中に入ると、各展望台を各停でまわる無料のシャトルバスに乗ります。下の地図で言うとバスは反時計回りで運行され、乗り降りは自由です。展望台間の徒歩移動はできません。受付ゲートを出なければ何周してもよく、私は光を変えて撮るために2周しました。
撮影のアドバイスとしては、レンズは広角から望遠レンズまで使います。三脚は全域で使用可能です。被写体が多く光線の具合で表情が刻々と変わるので、1日では足りず、できれば2日欲しいところです。夕陽が沈む前が撮影のハイライトになりますが、谷底なので真っ赤な光が直接当たることはありません。茜雲の反射が岩肌を照らす日没後がおすすめです。一番遅い時間まで撮れるのが七彩紅霞台です。薄暮はここで狙うとよいでしょう。
氷溝丹霞公園
アクセスや景観の奇抜さに差があるのでしょう、七彩丹霞に比べると氷溝丹霞の客数は大きく減ります。ここの見所は丘に建つギリシア神殿を思わせるような土柱とビュート(侵食から残った岩峰)です。祁連山脈を背景にそびえるそれらは見応え十分です。
園内は小西天景区と大西天景区にわかれており、それぞれ整備された遊歩道が設けられています。公園ゲートで専用シャトルバスに乗換えて小西天景区の遊歩道入口で下車します。大西天景区へは、そこで小型のシャトルバスに乗換えて奥にある遊歩道入口まで行きます。
■小西天景区
エリアはそれほど広くないので、1時間もあれば丘の上の展望台まで上がって一周できます。個人的には間近で土柱を眺められる小西天景区の方が好きでした。
■大西天景区
大西天景区へは、小西天景区の遊歩道入口で小型シャトルバスに乗換え、奥の駐車場まで移動します。ここの見所はルーブル宮殿と名付けられたこの辺りで最大のビュートと石柱群です。展望台まで行けば祁連山脈まで一望できます。
■氷溝丹霞公園の地質
約1億4500万~1億年前、湖底に堆積した分厚い砂礫岩層からできています。隆起したのは約3600万年前で、雨と風の浸食により土柱と丸い丘(ビュート)ができたと考えられています。いずれの地形もその頭を見ると硬質な層が丸く残っており、その層が傘の役割を果たして下の層を浸食から守ったのです。
七彩丹霞と同じく、こちらも完全な岩と言うには硬度が足りなく、その表面は雨に溶けた泥が流れた跡が残っています。雨が極端に少ない砂漠気候のもとなので、地形が存続ができたのでしょう。
■氷溝丹霞公園を巡る
旅行会社のツアーの場合、ここでは半日(現地滞在時間は2時間半程度)しか時間を取りませんが、見どころ(撮りどころ)が多く個人的にはかなりタイトでした。時間がない場合は、小西天景区のみでもよいかと思います。
張掖平山湖大渓谷
2014年に一般公開が始まったばかりの新名所です。東洋のグランド・キャニオンとの異名もありますが、正直あまり期待はしていませんでしたが、景観のスケールはまったく見劣りしませんでした。ただ地質的なことについての情報提供はなく、張掖丹霞地形の堆積層と同じ成因なのかなと推測しながらの見学でした。
■平山湖大峡谷を巡る
ここも七彩丹霞公園と同じく、入場ゲートでシャトルバスに乗換えて展望台へと向かいます。停車するのは第一展望台、第三展望台、渓谷入り口、第四展望台の四か所です。第一展望台から第四展望台まではバス道沿いにつけられた歩道を歩くこともできます。また第一展望台と第三展望台の間は数100mしか離れていないのでほとんどの人が歩いています。第一展望台から第二展望台までは、下り坂を約10分程度です。谷に下りるトレイルは、高低差もあり健脚向きです。
旅の点景
取材日:2019年10月18日~22日
18日:羽田=上海浦東=外灘=上海浦東=蘭州泊
19日:蘭州=張掖=七彩丹霞=張掖泊
20日:張掖=氷溝丹霞=七彩丹霞=張掖泊
21日:張掖=平山湖大峡谷=張掖=蘭州泊
22日:蘭州=上海=羽田
コメント
先生のガイドを読み、張掖丹霞の地形をもう一度見てみたいと思っております。そのためにも一日も早くコロナ禍がおさまるのを願うばかりです。
書籍「ジオスケープ・ジャパン」を購入いたしました。日本国内各地にも多くの奇岩や地層があるのに驚いております。そういえば私の近くにも見慣れた風景の磐梯山や一切経など結構あるのに気が付きました。
見ごたえのある張掖丹霞。まさしく中国は絶景の宝庫ですね。
素晴らしい写真です!!懐かしく拝見いたしました。
コメントありがとうございます。はやくコロナ禍がおさまり、中国の地形を撮りに行きたいです。竹下
楽しい中国の旅、堪能されましたね。羨ましいです。私は仕事の現役時代1984年頃から2005年頃まで、中国の海岸沿の都市(深セン、上海、広州、青島、南寧、重慶、)で軽金属学会発表と技術公演、我が社の現地技術指導を行なってきました。当時、写真に興味ありましたが引退してから中国内地の絶景や生活スナップを撮りたいと考えてましたが、2010年事故で脚の怪我を受け、2015年に引退するとデジタル一眼レフカメラで写真を趣味にする様になりましたが、中国内地に行く事は体力的に今は無理です 今後ともご指導宜しくお願いします。
追伸)
現在2020年6月27日、腰痛がひどく満足な写真が撮れませんが、また回復しましたら宜しくお願いします。
あら、腰痛大丈夫ですか? 足のケガと関係があるのでしょうか? 無理をなさらないでゆっくりと回復を待ってください。
大野さんは、メインを明石海峡に据えて深く深く突き詰めて下さい。たまにちょっとだけ国内で遠出をして息抜きでいいと思います。
また再会できることを楽しみにしています。 竹下
5日間の旅でこれだけの写真と文章、素晴らしいですね。数年後には国別の地形学出版を期待しています。
岩田さん ありがとうございます。海外については同じ場所は2度と来ないつもりで撮っているので、帰国した時はヘロヘロです。作品を撮ろうという気持ちより、ガイドを作ろうという気持ちで臨むと撮り逃しがないですね。その合間合間に写真になるようなチャンスは自然とやって来るので、結局両方撮れるという感じです。