桜島 鹿児島県鹿児島市

目次

桜島を中心に大隅半島から霧島あたりまでを巡ると、厚く堆積した「シラス」と呼ばれる火山灰層から、高温の火砕流が溶けてできた溶結凝灰岩まで、灼熱の痕跡の連続で、この土地が経験した激し過ぎる地史に圧倒されてしまう。折しも取材中に霧島の新燃岳でも噴火があり、灼熱のマグマが南九州の地下を血流のようにうごめくイメージが沸き上がり、実際自分が立っている地面までもが熱を持っているような錯覚を覚えた。

大雨のあと、噴煙に交じって昭和火口周辺から一斉に水蒸気が上がる。地温が高いのだろう。

姶良カルデラとシラス台地

「カルデラ」という言葉を聞いて思い出すのは、お隣熊本県の阿蘇山の外輪山であったり、窪地に水がたまってできた十和田湖や洞爺湖などのカルデラ湖の姿だろう。カルデラとは火山の真下にある巨大なマグマだまりが噴火によって空洞となり、天井が崩れてできた大きな陥没地形のことをいう。阿蘇山や日本各地のカルデラ湖は、地上に大きな窪地とそれを取り囲む外輪山を形成しているので、なんとなくその存在や成因過程まで想像することができるが、海底にできたカルデラや、陥没した窪地に海水が流れこんで湾に見えるカルデラもある。

鹿児島県の地図を広げると、大隅半島と薩摩半島の間に錦江湾(地図上では鹿児島湾)が深く切れ込んでいるが、これは3つのカルデラの陥没によってできた湾である。もともと陸地だったところに巨大噴火が発生、「阿多南部カルデラ」が陥没し、海水が進入することで小さな湾となった。さらにその奥に「阿多北部カルデラ」、そして桜島が関与する「姶良カルデラ」へと続き、それらがつながることで今の錦江湾の原型ができた。

特に姶良カルデラは日本全土に大量の降灰をもたらしたことで名高く、鹿児島県では60m、関東平野でも10cmの降灰があったと言われている。当時西日本に生きていた動植物にとっては壊滅的な災害となったはずである。現在、鹿児島各地で見られる「シラス」と呼ばれる白い火山灰層はこの時に堆積してできたものだ。

姶良カルデラの陥没によりできた錦江湾と桜島。撮影地から桜島までは約6km程度。直径約24kmの姶良カルデラの大きさを表現するには近過ぎるが、写真で広さを伝えるにはこれくらいの距離が最適。

錦江湾は3つのカルデラによりできた。

志布志港の近くにある「シラス層」が見える断崖。「夏井海岸の火砕流堆積物」として平成24年9月に国の天然記念物の指定を受けている。

①最上部は、姶良カルデラの火砕流堆積層で、火山灰の溶結なし。 ②その下も同じく姶良カルデラからの火砕流だが、火山灰が高温だったため一部溶結あり。 ③火砕流が噴出する前の爆発で飛び散った軽石などが堆積 ④姶良カルデラ噴火の前の阿多カルデラからの火砕流堆積層

「シラス」の採土場現場。「シラス」は、南九州の道路を走っているといたるところで目にする。

青森県つがる市の「出来島埋没林」の地層に残る姶良カルデラからの噴出物(画面上部の白く薄い層)。

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桜島のプロフィール

桜島が誕生したのは、姶良カルデラの巨大噴火から約3000年後の2万6千年前頃と言われている。今は休止している北岳が桜島の最初の火山であり、1万年近く活動を続けた。その後4500年前には北岳の横に新たな火山として今も現役の南岳が誕生する。桜島は北岳と南岳の二つの火山からなる「複合火山」で、鹿児島市街から見ると屏風のように並び立つ山並みが壮観である。

南岳には山頂火口と昭和火口のふたつがある。画面右端の稜線から噴煙が吹き上がっているあたりが南岳の山頂火口。画面手前の白が際立っている噴煙が昭和火口。

湯之平展望台からの北岳。噴火活動も終わり、山肌の侵食が進んでいる。

野尻地区から見る桜島。右の噴煙を上げているのが南岳、左が北岳。

鹿児島港と桜島を結ぶフェリー。約15分の所要。24時間運航されている。

湯之平展望台。標高373m、北岳の4合目に位置する。一般の者が立てる桜島の最高地点でもある。

湯之平展望台からの北岳(左)と南岳(右)。

桜島ビジターセンター。桜島火山の地史から植生、人々の暮らしまでを詳しく展示紹介されている。無料。

桜島ビジターセンターの展示スペース。

野尻にある砂防センター。防災面の展示が充実。野尻からは南岳がほどよい高さに聳え、写真撮影に向いている。無料。

大規模な噴火が起きた際、火山弾から身を守るための退避壕。島内各所に設置してある。

緊急時のサインシステム。火口から近いことを実感する。

鹿児島の天気予報には必ず桜島の降灰予想が入る。この程度の降灰では、地元の人はまったく気にも留めない。

家庭ゴミとは別に火山灰の収集がある。

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大正・昭和の溶岩流

桜島の地質図を広げると、噴火の規模の大きかった文明(1471年)・安永(1779年)・大正(1914年)の3回と、直近の昭和(1946年)の噴火で溶岩が流れた様子がよくわかる。特に大正と昭和の溶岩流のあとは、島の外周道路や展望所からも容易に見学することができ、溶岩がうごめいた姿や、植生の回復の進度など、見るべきポイントも多い。

有村溶岩展望所から見る大正溶岩原と錦江湾。クロマツやススキなどが、溶岩の上の薄い土壌に根を下ろしている。

溶岩は山頂火口からではなく、山腹の2か所から流れ出ている。これはマグマが板状に上昇してきたためと考えられている。(写真は観光案内板より)

牛根大橋から見る大隅半島と桜島の接合部。画面右から大正溶岩が迫り、眼下の海峡を埋めた。

有村地区の大観橋から眺める大正溶岩流のあと。クロマツが茂り始めてもなお、流れる溶岩の粘性が感じられるリアルさに驚嘆。

黒神地区にある埋没鳥居。大正の大噴火の際に、たった一日で軽石と火山灰で埋まってしまった。災害遺構として現在に残る。

桜島港に隣接する溶岩探勝路の入り口。

海に達した大正溶岩流と遠景に見える鹿児島の市街地。

植生回復は、ます保水力のある苔が溶岩の窪みなどに生えることから始まる。苔や雑草は少しずつ溶岩を土壌に変え、草原へ移行し、やがてクロマツなどの陽樹が根を下ろす。

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桜島の噴火を撮る

地形を撮る者としては、火山の噴火はどうしても撮っておきたいシーンのひとつである。多少物語的な発想ではあるが、あらゆる地形は「火山の噴火」が始点であると思えるからだ。それを比較的容易に、しかも安全にかなえてくれたのが桜島だった。

まずは桜島の噴火傾向を調べることから始める。参考になるのは、鹿児島地方気象台のwebページの「県内の火山資料」で、その年に桜島が噴火した月日と時刻が一覧になっている。また日本気象協会のwebページでも、「防災情報」「火山情報」「桜島」と進むと直近の桜島の噴火・爆発の情報が出てくる。噴火との遭遇を望むなら、火山活動の活発な時期を見極めることになる。ただし同時に桜島の最新の火山情報にも注意を払わないといけない。

撮影場所としては、昭和火口なら黒神地区の展望台付近が、南岳なら火口が山頂にあるので黒神はもちろん、有村・野尻からも狙える。日没前の明るい間に桜島に入り、「大隅河川国道事務所」のライブカメラを見ながら噴煙の方向から撮影地を決める。風下に入ると晴れていても山が見えないこともある。何よりカメラが灰まみれになってしまうので注意。

構図を決めたら、明るい間にオートフォーカスでピントを合わせておき、マニュアルフォーカスにセットする。降灰対策と結露防止対策を施せば準備完了。一晩中火口を眺めながら、レリーズに指をかけて待機するので、なるべく楽な態勢で過ごせるように工夫も必要だ。私は車をカメラの横に着けて窓を開けて、ケーブルレリーズを車内に入れて待機している。

地元のカメラマンと話をすると、「噴煙が消えて1時間後くらいに噴火する」「火映が見える時は噴火なし」など、色々な兆候を教えてもらったが、いずれも最後は決まって「わからない」が結論となる。運に任せてひたすら待つしかない。

夜間撮影中はずっと桜島の山鳴りを聞いて過ごすことになる。最初は不気味に思ったその音も、慣れると逆に心地よく感じるようになり、スマートフォンで録音を試みたがまったく話にならなかった。リズムは刻まないが、胎児が母胎のなかで聞く心音と印象が被る。視覚に頼る写真ではあるが、この音を聞いて芽生えたイメージを何らかの形で生かしてみたいと思う。

ニコンD610 VR24-120mmf4G ISO400・f8・62秒 晴天 2016年3月26日2:50撮影   昭和火口からの噴火の光跡と火山雷を捉えた。

噴煙を上げる昭和火口。降り積もった火山灰により、のっぺりと「無表情」となった火口周辺が不気味。

南岳火口の火映現象。火口付近までマグマが上昇し、噴煙や火口壁にその明かりが映る。

道の駅「たるみず」から見た南岳の噴煙。上昇した巨大な噴煙は、風下側であるこちらに向かってゆっくりと倒れてきた。質量を伴う構造物が倒れてくるようで、身構えてしまった。

取材日:2012年5月27日~29日

2016年3月26日

2018年4月13日~18日

ジオスケープ・ジャパン 地形写真家と巡る絶景ガイド

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