アポイ岳のかんらん岩 北海道様似町

目次

北海道・襟裳岬の北西約50kmにある「アポイ岳」という名前の山をご存じでしょうか?

道内の登山者には知られた山ですが、それ以外に住む者で「アポイ岳」の名を知る人は少ないのではないでしょうか。しかしこの山には数々の指定や冠がついており、「国指定特別天然記念物」「日高山脈襟裳岬国定公園特別保護区」「花の百名山」「日本の地質100選」など、並べるだけでこの山が小兵ながらただモノではないことがわかります。

そして遂に2015年にはユネスコの「世界ジオパーク」に認定されました。世界が認めたアポイ岳の地質的価値とは何でしょう。それはこの山を作る「かんらん岩」という岩石にあります。

アポイ岳8合目、馬の背から見たかんらん岩とハイマツ。

かんらん岩の山「アポイ岳」

かんらん岩とは、平たく言うと地球深部にある「マントル」が冷えてできた岩石です。地球の内部構造はよくゆで卵に例えられますが、我々が立つ地表が卵の殻にあたる「地殻」、その下の白身が「マントル」、そして黄味が「核」になります。通常、マントルが地表にまで現れることはありません。

アポイ岳のかんらん岩は、学名で「幌満かんらん岩」と呼ばれ、アポイ岳から隣のピンネシリ山一帯が、すべてこの岩からできています。これだけ大きな岩体のかんらん岩は世界的にもまれな存在です。またマントルは冷えて地表に現れる過程で、水などにより変質(蛇紋岩に変質)することが多いのですが、この幌満かんらん岩はかなりの鮮度を保ちながら地表に現れているそうです。幌満かんらん岩は、規模と鮮度を合わせ持つことで、専門家からはマントル内部の様子を推測できる貴重な地質資料として高く評価されているのです。

アポイ岳(中央右の尖ったピーク)とピンネシリ(左端のピーク)。この山すべてがかんらん岩からなる。。

プレートの衝突によってできたアポイ岳

現在、北海道は「北米プレート」の上にすっぽりと乗っかっていますが、今から約1300万年前、ちょうど日高山脈の主稜線あたりで、ユーラシアプレートと西進してきた北米プレートが衝突するという大事件が起こります。北米プレートはユーラシアプレートの上に乗り上げることとなり、それが隆起してのちに日高山脈となるのです。その際、北米プレートの下にあったマントルも、その勢いに巻き込まれて地表にまで現れました。それが幌満かんらん岩です。

今アポイ岳の稜線で、静かに横たわるかんらん岩の露頭ですが、それが地表に現れるまでには、想像を遥かに越えた激しい大地のドラマがあったのです。

研磨されたかんらん岩の標本。点在する有色の鉱物とオリーブ色をしたかんらん石。

かんらん岩がもたらした特別な環境

アポイ岳を登る多くの登山者の目的は、そこに生きる多彩な高山植物と出会うためです。アポイ岳にしか見られない固有種も多数あり、その点が高く評価されて「国の特別天然記念物」に指定されています。ただアポイ岳の標高は810mしかなく、いくら北海道の山とは言え、高山植物が群落を形成する森林限界の標高を越えているとは思えません。

「なぜ標高の低いアポイ岳が高山植物の宝庫になったのか?」、その理由のひとつはかんらん岩の性質にあります。かんらん岩に含まれる酸化マグネシウムやニッケルと言った鉱物は、植物の育成にとってはマイナス要因となり、植生の侵入のバリアになります。岩自体も風化に強く土壌が溜まりにくいため、根を張る樹木が育ちにくいのです。そのなかで適性を持った限られた植物のみが、かんらん岩に守られながら独自の進化を遂げたと考えられています。

かんらん岩以外にも、夏場に発生する海霧による冷涼な気温環境や、冬場の降雪量の少なさなどが、アポイ岳の高山植物育成に絡んでいると言われています。

アポイ岳固有変種のアポイマンテマ。

森林限界を越えた稜線は「まるで日本アルプスを歩いている気分」。

海霧に包まれるととたんに涼しく感じる。これもアポイ岳に高山植物が育つ要因のひとつ。

アポイ岳登山の前に

アポイ岳山頂までのコースタイムは、登山口から約2.5時間~3.5時間です。花のキレイな時期は日も長くなりますが、それでも午前10時までには登山口を出発すべきでしょう。札幌市内からアポイ岳のある様似町までは、道央道と日高道を経由しても4時間弱の所要時間がかかります。夜明け前に車を出せればなんとか午前中に登山口に到着することができます。道外からの登山者の場合は、前日までに様似町に着いておき、登山口にあるキャンプ場か宿泊施設に泊まった方がいいでしょう。

その際にアポイ岳の特殊性をより深く理解するために、「アポイ岳ジオパークビジターセンター」と様似町役場の前にある「かんらん岩広場」の見学をお薦めします。特にビジターセンターの展示物はよくまとまっており、日高山脈の造山についてのCG映像やかんらん岩の分類解説など、知っておくことで翌日の登山をより深いものにしてくれる内容となっています。また車で当地まで来ているのなら、幌満峡やエンルム岬などのジオサイトを巡るのも良いでしょう。

アポイ岳ジオパークビジターセンター。

様々なかんらん岩が並ぶかんらん岩広場。様似町役場の前にある。

本来は青緑系の色をしているが、山で見る岩肌は表面が風化しているので赤茶色をしている。かんらん岩広場の展示標本より。

アポイ岳登山 登山口~五合目

登山道や道標はしっかり整備されており、道自体も特に際立って危険な個所はないので、ルートの下調べをしっかりと行い、好天を確認し、早出をすれば、登山としては初級レベルの山だと言えます。ただ大雪山などのように標高が高くないので、夏場などは地上の気温と変わらないなかでの登山となります。風がない日の樹林帯の「いきれ」はひどく、熱中症に十分注意し、最低でも水分は2リットルを用意すべきです。

私自身の苦い経験ですが、2017年7月15日にアポイ岳を登っていますが、下山中に熱中症を発症し、手足の痺れと痙攣で一時自力歩行ができない状態になりました。この日は帯広で37℃を記録するなど北海道にしては記録的な猛暑で、旅の疲れも多少ありましたが、明らかに用意した水分量が足りなかった初歩的なミスでした。大勢の方に助けられ、多大なご迷惑をお掛けしてなんとか下山した次第です。

アポイ岳の登山道は五合目の避難小屋を境に大きくルートの様子が変わります。登山口から五合目までは樹林帯の中を比較的緩やかに登ってい行きます。休憩所ごとにジオに関する解説板とベンチが用意されており、腰を下ろすほどではないですが、ちょっと読みながら息を整えるには程よい間隔で設置してあります。

かんらん岩は二合目の標識を越えたら現れるようになります。粘土質の地道の所々にある赤茶けた岩がそうで、岩の割れた断面が青系・緑系の色だったら「かんらん岩」と思って間違いありません。

アポイ岳のなかで唯一涸れないとされる沢を越えて少し急坂を登ると五合目の避難小屋の前にでます。登山口からだいたい1時間~1.5時間の所要です。

国道に立つ登山口の案内

登山口の道標。

登山口のトイレ。以後はトイレなく、携帯トイレの持参を推奨。

登山届。必ず記載しましょう。

北海道の山だから。。。

樹林帯の登山道。

途中にベンチとジオの解説板がある

五合目の避難小屋。展望もひらけ大休止。

アポイ岳登山 五合目~山頂

五合目まで登ると展望が一気に開けます。小屋の前からは正面にアポイ岳の山頂が見えています。またもう少し登ると様似の町並みと港が眼下に広がります。ここから登山道は一気に急坂へと転じます。標高差や距離はあるように感じますが、登山道の傾斜がきつくグイグイと高度を稼ぐので展望は次々と変化し退屈はしません。

繰り返しになりますが、足元にある岩はすべてかんらん岩です。多少苦しくても、地中深くにあるマントルを踏んで登っていると思うと多少元気もでてきます(?)。六合目を過ぎるといよいよ樹林帯も終わり、ハイマツと高山植物が主役となる高山帯へと突入します。「本当にこれが標高810mの山の風景なのだろうか?」と感じるほとアルペン的な稜線歩きです。八合目の広場で最後の休憩取り、馬の背と呼ばれる平坦な岩尾根を移動し、そこからは一気に頂上まで続く急坂に向かいます。かんらん岩の合間を縫うようにつけられた登山道を、時には手も使いながら登って行きます。

山頂は意外なことに白樺の樹林帯になり、展望は一切ありません。森林限界を越えたのにまた樹林で覆われる、本当の高山帯ではあり得ないことです。アポイ岳の高山帯はあくまでかんらん岩による疑似的なものということなのでしょう。山頂からさらに稜線を進めば吉田岳、ピンネシリとかんらん岩からなる山歩きが楽しめます。

小屋の前から見上げるアポイ岳山頂

七合目直下。森林限界を越える。

「馬の背」あたりのかんらん岩の岩塔とハイマツ。

登山靴で踏まれて磨かれたところは、かんらん岩特有の青緑系の色が現れる。

吉田岳へ続く稜線。もちろんすべてかんらん岩。馬の背より。

かんらん岩を攀じりながら頂上へ。

アポイ岳山頂。白樺林で展望はなし。

アポイ岳で出会った高山植物

2017年7月15日に登った際に撮影した高山植物の一部です。大雪山のような広大なお花畑はアポイ岳にはありませんが、かんらん岩の山という特殊な環境で生きる花々には強く感じるものがありました。

サマニオトギリ

アポイツメクサ

アポイアザミ

キンロバイ

イブキジャコウソウ

取材日:2017年7月15日

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