北海道胆振東部地震 北海道厚真町

2018年9月6日3時7分、北海道胆振地方を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生した。震源の深さは37km。この地震で最大震度7を観測した厚真町では、家屋の倒壊の他に、大規模な土砂崩れが発生し多くの方が亡くなった。

町道を飲み込む土砂。新雪表層雪崩のように、弱層が起点となり、その上の層が面としてそのまま滑り落ちた印象。背後の山の高さの割に、土砂が流れた距離が長いのもそのせいかと思う。

行くか、否か

半年くらい前から、9月中旬に10日間ほどの予定で大雪山の紅葉の撮影を計画していた。6日に地震が発生し、道内全域での停電・新千歳空港の機能ストップなど、入る情報を見ると取材のキャンセルも考えたが、直前まで様子を見ることにした。今年は災害が多く、私の住む京都近隣でも、大阪府高槻市を震源とする大きな地震や西日本豪雨があった。災害報道の直後から、全国の知り合いからメールやSNSでの安否確認が相次いで入る。幸いこちらはまったくの平常であったが、他のエリアからはそうは見えないらしい。この時の違和感を北海道地震の報道に当てはめると、大雪山のある旭川などは停電以外は通常ではないかと思えた。

とりあえず新千歳空港の運用が再開し、予約したレンタカーも旭川のホテルも営業を再開したので、予定通りに出発することにした。ただ食料の流通は全道で滞っているだろうと予測したので、山での食料を買い増しし、市街地で食事にあり着けなかった場合は、それで対処することにした。

出発前、「厚真町を見ておきたい」という思いが頭によぎった。報道で流れる土砂崩れの空撮映像は衝撃的だった。見渡す限り、山の尾根だけを残し、谷筋がごっそりと崩れて赤茶けた地面をさらしている。明らかに豪雨災害の土砂崩れ現場とは違う。ただ被災した方のことを考えると、学者でも報道関係者でもない自分が現地に入ることはためらわれた。しかしカメラマンにとって現場を見ることは、何にも代えられない経験になる。この経験があるから、その次の現場での比較検討や気付きにつながる。悩んでも仕方ないので、まずは空港から厚真に車を向けようとだけ決めた。あとは様子を見ながら、引き返すかどうかを現地で考えようと。

9月11日の厚真町

地震発生から5日目の9月11日に新千歳空港に到着した。空港は飛行機の乗り降りに関するエリアだけが機能しており、土産物やフードコートなどはすべて閉まっていた。大きな段ボールに手書きで書かれた「がんばろう北海道!」の文字に目頭が熱くなる。

空港周辺は至って普通に見えた。長蛇の列ができていると聞いたガソリンスタンドも普通に営業をしていた。復旧の速度は東京が発するニュースよりも遥かに速い。災害現場はいつもそうだが、日常からいきなり「被災地」へと変わる。今回は、行きかう「災害派遣」の自衛隊車両が急に増えたあたりがその境界だった。

厚真町役場周辺で倒壊家屋はほとんど目にしなかった。そこだけを見ると震度7の激震に見舞われた被災地という印象はない。ただ行きかうダンプの数の多さと巻き上げる土埃、山際に目をやると地肌を見せる山肌と押しつぶされた家屋、土砂を掻き出す重機がむごい現実を突きつけてきた。車を停め、作業の邪魔にならないように現場まで歩いた。

近づいて思ったのは、とても土砂崩れが起きそうな山ではないということ。急傾斜地という訳でもなく、本当にどこにでもある普通の小高い裏山である。さらに崩れた山の高さの割に、土砂の流れ出た距離が長いようにも思えた。あの高さから崩れてここまで来るのか!という印象だ。さらに近づいて流れ出た土砂の上を登ると、白い軽石が広範囲に広がっていた。崩れた地面の断面を見ても、何層かの白い軽石層が確認できる。出発前に聞いた報道の解説では、この軽石層が地震によって滑ったのではないかとのことだった。苫小牧で幼少期を過ごした友人も、子どものころに地面で穴掘りをしてもすぐに白い砂粒が出て来て、あまり深く掘れなかったと言っている。

北海道の地図を広げると、苫小牧から厚真周辺には、樽前山やカルデラ湖である支笏湖があり、活発な火山活動があったことが想像できる。そららの火山噴出物が幾重にも堆積し、期せずしてそれが「時限装置」となった。地震発生の前日に北海道を通過した台風21号による大雨の地中へのしみ込みと、その直下で発生した震度7の強烈な揺さぶりが揃ってしまったことで、今回の悲劇が起きたとしたら、なんという巡り合わせの悪さだろうと思わずにはいられない。

あらためて今回の地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

そして1日も早い復興をお祈りします。

地面が面となって滑った土砂崩れの現場。家屋は飲み込まれたというより、弾き飛ばされたといういう印象。

崩壊地の山の上の地割れ。こうなると大規模な法面補修をしないと、この下側に住むことはできない。

断層で地面が動いたのか!と思いたくなるが、地滑りで押されて動いた。この場所では、画面の左端に下から上に向かう矢印を描くと、地面の動きがイメージしやすい。

上の写真の奥に見える橋。写真の奥の方から地面が押されて、橋の袂が画面左に動いた。

護岸のコンクリートブロックを見ると、土地全体が左奥から右下方向へ大きく滑って動いたことがわかる。

画面左から右へ滑ってきた土砂。表層の樹木や下草に乱れがなく、面全体でずれたのがわかる。

白い砂状のものが火山から噴出された細かな軽石。乾いたサラサラの軽石が地層から崩れてあたりを覆っていた。

粘土質の地層はそのまま留まっているが、サラサラの軽石層はこぼれ落ちている。

破断面の地質調査をしている研究者の方々。幾重もの軽石層が不安定に重なる。

実りを迎えた田んぼに流れ込む土砂。

9月11日の厚真町のセイコーマート店内(許可を得て撮影)。欠品だらけのなかで、あるカップ麺だけがずらっと並んでいる。製造できるもの、在庫のあるものをを集中的に配送しているので、平時のようにたくさんの中からは選べないけど、ものがなくて困ることはなかった。

報道ではこの地震で被った北海道の観光産業の損失は、2018年9月30日時点で356億円にもなる(朝日新聞デジタル)という。「安全ですから北海道に行きましょう」とは、本震と思われた地震のあとに最大震度を記録した「熊本地震」のこともあるので、迂闊には言えないが、必要以上の心配はいらないのではないか? 取材中は震度4の余震を千歳市のビジネスホテルで経験したが騒ぐほどのことはなかった。札幌市で液状化の被害があったが、震源付近以外では地震による損傷などは皆無である。大雪山の旅では飲料の確保に多少気をつけたが、ほとんど問題はなかった。「がんばろう北海道!」のあの手書きの立看板を思い出すと、やっぱり北海道に行って欲しいと思う。

ただ被災地のことは忘れてはいけない。新千歳空港に着陸する寸前、機首に向かって右手には今回の全道停電のきっかけとなった苫東厚真火力発電所が見える。そしてその奥には遠くにかすんでいるが、無残な山肌を見せる厚真の山並みが見える。まだあそこでは復興を目指して頑張っている人がいるのだと。

飛行機から見た苫東厚真火力発電所

石油タンクの後方に、厚真町の山並みが見える。

取材日:2018年9月11日

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