スイス ヴァリスアルプスと氷河

2018年2月に続き、7月にもう一度ヴァリスアルプスを訪れる機会に恵まれた。2月は真冬の厳しい寒気のなか白銀のアルプスを堪能したが、今回は徹底的に氷河とその周辺の地形を見ることに専念した。

地球温暖化の影響のひとつとして、ヨーロッパアルプスの氷河の後退が頻繁にメディアの記事に出てくる。私自身は定点で見比べたことはないが、ネットに出てくる10数年前に撮られた写真とは明らかに氷河の太さや末端部の位置が違う。ゴルナー氷河に流れ込んでいたシュヴァルツ氷河も、すでにその手前で氷が消失している。今世紀中にアルプスの大部分の氷河が消失してしまう可能性が指摘される今、あらためて目の前の壮大な景観からそれが消えた姿を想像してみると、ただ事ではない変化に身の毛がよだつ思いがした。

朝日を浴びるツヴェリングス氷河。左後方の山はポルックス(4091m)。

ツェルマット周辺の氷河

氷河の名称を調べても、資料によって記載がまちまちでどれが正確なのか今ひとつはっきりとしない。最終的にはゴルナグラート展望台に設置されてる展望図の名称を参考にした。

クルムホテルのテラスから見渡す大パノラマ。

ゴルナーグラート展望台より眺めるモンテローザ方面。ゴルナー氷河については、モンテローザの東側にある源頭部と下流が途切れたこともあり、グレンツ氷河からの大きな流れを「ゴルナー氷河」と呼ぶ習慣が定着したように思われる。

ゴルナグラート鉄道の車窓より北側の山を望む。

氷河の風景

マッターホルン東壁の最下部にへばり付く懸垂氷河。氷河期にはそそり立つ「ホルン」を削り出した氷河も、わずかに残るのみ。クルムホテル前より。

夕日を浴びるグレンツ氷河。荒れたセラックの表情が凄みを増す。ゴルナーグラート展望台より。

ゴルナー氷河の上を流れる表流水の蛇行。クルムホテルテラスより俯瞰。

クライン・マッターホルン展望台から俯瞰するウンタラー・テオドール氷河の末端部。中央はメディアルモレーンの堆石。

氷河の表面。年季の入った氷河と、クレバスを埋める雪渓の新鮮な白色の対比が印象的。

氷河末端部の岩壁下に残った雪渓(もしくは小さな氷河)。

モンテローザ氷河が後退してできた氷河湖。ゴルナーグラート展望台より。

夕闇迫るブライトホルンとゴルナー氷河。ゴルナーグラート展望台より。

山岳氷河

日本では、降った雪は気温が上がると解けてなくなってしまうが、寒冷な地域では、降雪量が蒸発する量を上回るため根雪となる。雪は厚く堆積すると重みで氷となり、やがて重力の影響ですこしずつ動きはじめる。これを「氷河」と呼ぶ。

氷河は、「大陸氷河」と「山岳氷河」に分けられる。大陸氷河は氷床とも呼ばれ、南極とグリーンランドにのみ見れる。かなりの厚みで大陸を覆っており、地球上の氷河の90%以上を占める。

山岳氷河は、標高の高い山の谷筋などで見られるもので、「懸垂氷河」(岩壁にへばり付いている氷河)、「カール氷河」(谷の源頭部にたまった氷河、源頭部の谷をスプーンですくったように丸く削る)、「谷氷河」(谷を流れ下る氷河)に分けられる。

ブライトホルン山頂に見られる分厚い氷は、「氷帽(ひょうぼう)氷河」と呼び、大陸氷河の性格をもった山岳氷河である。

写真右上の高みがブライトホルン山頂と氷帽氷河。稜線から溢れた氷帽氷河は垂れ下がり、懸垂氷河のようになっている。

ブライトホルンの岩壁にへばり付く懸垂氷河。

流れる谷氷河。表面の表情を見ると、基岩に段差があるところでは、滝のように激しく流れ落ちるアイスフォールとなり、カーブしているところでは中側と外側の流れる速度の差が割れ目の模様になって現れる。

氷河地形を見る

「氷河地形」とは、氷河によって削られ(氷食作用)、できた岩くずを運び、下流域での堆積作用によって作られた地形全般をさす。

氷食地形の代表的なものは、

①「ホルン(氷食尖塔)」・・・氷食によって鋭く削られた山頂

②「アレート(鎌尾根)」・・・尾根の両側が谷を流れる氷河によって削られ、できたヤセ尾根

③「カール(圏谷)」・・・谷の源頭部で氷河が厚く堆積することでできた地形。アイスクリームをスプーンですくった時のような地形と例えられることが多い

④「U字谷」・・・氷河によって谷底が丸く削られた谷。断面がU字に見えることから名づけられた

リッフェルベルグから見上げたオーバー・ガーベルホルン。四方から(写真では2方向からしか見えないが)氷河に削られ尖ったホルン状の山頂。そこから派生するヤセ尾根のアレートが確認できる。

上の写真のオーバー・ガーベルホルンをスネガから見上げる。ガーベルホルン氷河が正面に見え、カールにたまる氷河から、末端の消失部までが確認できる。

同じくオーバー・ガーベルホルンをシュバルツゼーから見上げる。最下部の岩尾根の下に小さなカールがふたつ並んでいる。カールの底にたまった雪渓の形から、氷河が地面をお椀状に削ったことがわかる(かな?)。前面にはその際にできたターミナルモレーンも確認できる。

参考までに、お椀状の底を描いてみた。

ゴンドラから見下ろしたツェルマットへ続くU字谷。氷河が消えて、支えがなくなると、不安定な両岸が崩落して谷を埋める。それでもUの字の面影がうっすらと残っている。

U字谷をよく見ると、1991年に発生した「ランダの大崩落」の現場が見える。その前後にも緑に覆われているが崩落したと思われる痕跡が幾多も見える。

ツェルマットに向かう列車の車窓から見える「ランダの大崩落」現場。人にとっては災害だが、地形の自然な変化の流れとも言える。

氷河が消えたあとの地形

氷河の中には、大小さまざまな岩屑が大量に含まれている。下流域に差し掛かりその流れが弱くなる、あるいは氷河自体がなくなってしまうと、運ばれてきた岩はその場でうず高く積み上げられていく。この岩石の堆積をモレーン(堆石堤)と呼び、氷河の両側面にできる「ラテラル・モレーン(側堆石提)」、氷河の末端にできる「ターミナル・モレーン(端堆石提)、二つの氷河の合流点から下にできる「メディアル・モレーン(中央堆石提)」に分けられる。

モレーンは氷河が後退したあとを観察するとわかりやすく、かつての氷河の流れを頭のなかで再現することもできる。

ただしモレーンが作られるには一定の時間が必要で、現在のように急激に後退する氷河の周辺ではモレーンは作られない。今見ているモレーンは、ひと時代前の気候が安定していた時の氷河の位置となる。

ゴルナーグラート展望台から見たモンテローザ氷河の末端部。画面下部にはターミナル・モレーンによってできた堰き止め湖(氷河湖)と、かつての氷河の外周を囲っていたラテラル・モレーンが見える。

クラインマッターホルン展望台へ続くゴンドラから見たゴルナー氷河。かつてのラテラル・モレーンの位置から、もっと大きな氷河だった頃のゴルナー氷河の様子を空想する。

クルムホテルテラスから見たゴルナー氷河のかつてのラテラル・モレーン。経年により侵食が進み、えぐれた模様が縦に並んでいる。

ふたつの氷河が合流する地点では、それぞれのラテラル・モレーンが合わさり、ひとつのモレーン(メディアル・モレーン)となる。

クルムホテルから見下ろしたグレンツ氷河とツヴェリングス氷河の合流点。両者のラテラル・モレーンが合わさり、1本のメディアル・モレーンとして氷河の表面に現れる。

右から合流したツヴェリングス氷河側には、さらに上流での合流時できたと思われるメディアル・モレーンが2本確認できる。

ゴルナー氷河の下流までしっかりと残るメディアル・モレーン。

氷河の侵食力は、河川の比ではなく、氷河に接する岩の凹凸はみるみる削られて行く。氷河が後退したあとには、このような過程でできた角のない岩が姿を現す。それを羊背岩(羊群岩)と呼ぶ。

氷河から現れる羊背岩。滑らかな曲面が、明らかに下部の岩肌の質感と好コントラストを見せている。基岩が急崖で、かつてアイスフォールが流れていたような場所の羊背岩は、強く浸食を受けるので、特に美しい曲面を見せる。

シュバルツゼーの湖畔で見つけた羊背岩。その表面には氷河が流れる際に付けた条痕が残っている。

氷河から流れ出た雪解け水は、氷河によってすり潰された岩の粒子が混じっているので乳白色をしている。グレイシャー・ミルク(氷河乳)と呼ぶ。

キレイな風景には澄んだ水が定番の我々には、グレイシャー・ミルクの色には、毎度毎度ギョッとしてしまう。列車の車窓から見たマッター・フィスパ川と背後はブライトホルン。

チナール・ロートホルンから流れ出すロートホルン氷河の末端部。ラテラルモレーンの位置や羊背岩の様子からかつての氷河を再現できるだろうか?

さらに難題。日本アルプスの槍ヶ岳周辺を写した写真から、かつてここを流れていた氷河を空想することができるだろうか? 氷食尖塔、鎌尾根、カール地形、モレーン、U字谷のすべてが、経年で少し不鮮明だけど残っている。 正解はこのwebサイトの「槍沢の氷河を想いながら」の記事をご覧ください。

マッターホルン4478m

リッフェル湖(riffelsee)に映るマッターホルン。2月に来た時は、池が雪の下で見られなかった絶景。

日の出が当たる直前のマッターホルン。クルムホテルに宿泊し、約1時間かけてリッフェル湖まで下り、朝景を独占で撮影した。

三角錐の山容にばかり目が奪われるが、望遠レンズでその内側を切り取ると、かつて海中で堆積した地層がしっかりと確認できる。

植生のない荒涼とした露岩地帯とマッターホルン東壁。惑星の一端に立っている感覚を味わう。

月夜のマッターホルン。私は山の上での比較明合成撮影はしないが、通常の長時間撮影だと、月光が強く昼間のように写ってしまうので仕方ない。クルムホテルに泊まった者だけが知る夜の絶景。

ゴルナーグラートだけではなく、この下のツェルマットの町でも、すべての人が固唾を飲んでマッターホルンの山頂を見つめている。そして至福の瞬間がやって来た。

マッターホルンと小さな礼拝堂を撮りに「リッフェルベルグ」駅で下車をする。そこに現れたのが放牧された羊の群れ。3者が重なった瞬間、大原美術館にあるセガンチーニの光溢れる絵画を思い出した。

名峰の風景

リスカム(4527m)。実はマッターホルンよりも標高が高いアルプスを代表する高峰。西日が当たり、陰影が強くなったところで、望遠レンズに切り替えた。氷河をまとった岩壁が迫ってくるようだ。

月光に浮かぶモンテローザ(4634m)とリスカム(4527m)。

朝焼けのブライトホルン(4165m)。となりに聳えるマッターホルンにすべての視線が集まるが、ブライトホルンもなかなか!堂々たる山容である。

朝焼けのダン・ブランシュ(4364m)。クルムホテル前より。

朝のチナール・ロートホルン(4223m)。クルムホテル前より。

朝のワイスホルン(4512m)。2月は南壁に真っ赤な朝日が当たったが、夏は日の出の位置が北側に移動するので、ほとんど影となる。

朝のオーバー・ガーベルホルン(4073m)。カールから谷へ溢れる氷河の流れが目を引く。穂高連峰の涸沢カールから本谷へ続く氷河地形を空想する時に参考になる。

ローテンボーデン駅から望む北側の山並み。左からオーバーガーベルホルン、チナールロートホルン、ワイスホルン。

エーデルワイス。薄毛で全身を守る姿は、可憐というより逞しさを感じる。

黄色いキンポウゲ科のお花畑を前景に、フィンデルン氷河の源頭部の山を望む。ブラウフェルトからシュテリゼー(stellisee)へのトレッキング道にて。

アルプスカモシカ(シャモアとも呼ぶ)。険しい岩場を巧みに飛び跳ねながら移動し、アルプスの山々を自由に闊歩している。

月夜の山並み。ブライトホルンからマッターホルン。

旅のスケッチ

スイスの玄関口、チューリッヒ国際空港。成田空港から約12時間。

チューリッヒ中央駅のコンコース。レトロとモダンの融合。

チューリッヒを流れるリマト川。遠くに教会の尖塔が見える。

リマト川に映る夕映えの街並み。

リンデンホフ公園から望むグロスミュンスター

リンデンホフ公園からの宵のグロスミュンスターと街並み

リンデンホフ公園公園から、リマト川に明かりが映る街並み

いわゆる地方鉄道である「マッターホルン鉄道」の車両。

1等コンパートメント席に貼られた「静かに」のステッカー。

U字谷に広がるツェルマットの町。ゴンドラより。

ツェルマットから見上げるマッターホルン。

ツェルマットの町は、ガソリン車は走れない。電気自動車のみ。馬車は観光用。

ゴルナーグラート鉄道の車窓から見たツェルマットの町とマッターホルン。

ゴルナーグラート鉄道の車両に映るブライトホルン。

ゴルナーグラート鉄道の車内。

リッフェルベルグ駅。改札はパスをかざし、バーを押し外に出る。

トレッキング道に立てられた案内表示。難易度を色分けしている。コースタイムは1.5倍増しで見ておかないと、一般的な日本人はえらい目にあう。

スネガ展望台からのマッターホルン。観光パンフやガイド本でよく誘われた定番の風景。

シュバルツゼー(Schwarzsee)から見るオーバー・ガーベルホルン。小一時間待ったが水面は静止しなかった。

暑くないのかと思うほどの量の毛で覆われていた。

クラインマッターホルン展望台から見たモンブラン峰。いつかはシャモニにも行ってみたい。

クルムホテルの室内。快適な空間。とても3100mに建つホテルとは思えない。

月夜に浮かぶマッターホルンとクルムホテル。世界屈指の絶景のなかに24時間居られる幸福感!

取材日:2018年7月27日~30日

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