沖縄本島の地形巡り 沖縄県

沖縄の自然風景と言えば、「青い空と海、白い砂浜」というイメージの刷り込みが強烈で、それしかないような印象だが、丁寧に見て歩くと起源の異なるさまざまな岩石がそれぞれの特徴ある地形を見せてくれている。確かにずっと温暖な気候下にあった土地柄から、サンゴ礁起源の岩の地形が中心になるが、プレートに乗って遠くからやってきた岩によるものもあり、それらを合わせて巡ってみたい。

浜比嘉島のキノコ状の岩。波と潮汐によって削られた岩の窪みが拡大してできた不思議な造形。沖縄の岩礁ではよく見られる。

沖縄本島の地質 あらまし

沖縄本島の地質は、島の中央部あたりを境に大きく二つに分けられる。那覇などの都市が広がる中南部はおもにサンゴ礁を起源とする「琉球石灰岩」からなり、標高の低いゆるやかな丘陵地が続く。それに対して「やんばる」と呼ばれる山地が続く北部の地質は、できた年代も古く、遥か南の太平洋沖から海洋プレートに乗って来た堆積物からできている。「付加体」と呼ばれている。

沖縄自動車道を那覇から名護方面に走っていると、その地形の変化を車窓で実感することができる。空港周辺から西原、沖縄市にかけては、起伏はあるものの台形をした丘陵地が続き、丘の上まで宅地や耕地が広がっている。そして石川インターの手前から前方に山並みが現れると、以後は左手に照葉樹の生い茂る山並みが続くようになる。またうるま市の海中道路からは、平らな中部の島影に対して、白い巨大な石川発電所を境に北部が山地として高まっていく様子が側面から見ることができる。

本島中南部の一般的な景観。「山頂」という高まりはなく、台形状をした丘陵地が続く。道路が丘を登り、住宅地や畑がその上まで広がっている。

沖縄自動車道の石川インター手前で、はじめて「山」が車窓に現れる。ここを境に沖縄本島の地質が変化する。

琉球石灰岩

石灰岩は、サンゴや有孔虫、ウミユリなどの生物の死骸や殻が海のなかで堆積してできた岩石である。本州の秋吉台などで見られる巨大な石灰岩の層は、およそ3億年前に赤道あたりの温かい海で堆積したものが、海洋プレートに乗って運ばれてきたものだ。それに対して沖縄の島で見られる「琉球石灰岩」は、地産地消ではないが、この地で生息していたサンゴが起源となっている。堆積した年代もおよそ170万年前~50万年前と、秋吉台などの石灰岩と比べるとはるかに若い岩石である。

琉球石灰岩は、鹿児島県の喜界島から以南で見られ、沖縄県の土地の30パーセントを占める。万座毛をはじめ、景勝地となっている海食崖の高さを見ても、琉球石灰岩の厚さが相当あることがわかる。

その琉球石灰岩は「島尻層」と呼ばれる泥岩層の上に乗っている。島尻層はおよそ500万年前に中国大陸から流れ出た土砂が半深海で堆積してできたもので、層の厚さは2000mを越える。その後付近は隆起(島尻変動)し、島尻層の泥岩の一部が地上に現れ、波に侵食されて浅い海となった。琉球石灰岩は、この浅海に育ったサンゴが元になっている。

最近は古宇利島や美ら海水族館がある本部周辺に人気を奪われた感があるが、沖縄本島を代表する景勝地といえばこの「万座毛」であろう。琉球石灰岩の代表的景観である。波に削られた窪み(ノッチ)や大穴(海食洞)が絡み合い迫力ある奇景を見せている。

写真の勝連城をはじめ沖縄の多くの城(グスク)の城壁には、琉球石灰岩が使われている。加工しやすい岩質が、独特の曲線を生かした構造に繋がったのだろう。

琉球石灰岩の表面は、酸性の雨などによる溶蝕でトゲトゲになっている。ビーチでは不意に素足に当たるとケガをすることもある。

形成されずに積み上げられる琉球石灰岩の石垣。沖縄らしい赤瓦屋根の家屋との相性は抜群である。

琉球石灰岩の採石場。「無尽蔵」というイメージ。

研磨され美しい模様が生かされた敷石。美ら海水族館にて。

琉球石灰岩の名所

■ギーザバンタ(慶座絶壁)

沖縄の海岸線は白砂のビーチしかないイメージだが、実際は地盤の隆起にともなう険しい海食崖が圧倒的に多い。ギーザバンタも喜屋武岬から知念岬にかけて続く本島南端の断崖のひとつで、那覇空港に着陸する旅客機から俯瞰すると、断崖とその上に広がる海食台からなる本島南部の地形がよくわかる。このギーザバンタを含め周囲の断崖は、沖縄戦でアメリカ軍に追い詰められた人々が行き場を失い、身を投げたという悲劇の場所でもある。

ギーザバンタ全景。観光地ではないので案内板などはない。カーナビで名称が出てくればよいが、なければゴルフ場のフェンスに沿った道を走れば駐車場に着く。

ギーザバンタの海岸線で見つけた巨大なポットホール。写真の左上、岩のひさしの下からは地下水の湧き出しと鍾乳石が見える。

■斎場御嶽

斎場御嶽は沖縄のなかでも最高位に位置する聖域で、それゆえ人の手が入らずに植生などもオリジナルに近い状態が保たれている。はじめて沖縄本島を訪れた二十数年前は、むやみによそ者が入ってはいけない無言の敷居の高さがあったが、「パワースポット」という言葉が一般化した昨今、大勢の人が気軽に押し寄せる観光地となってしまった。草木の向こうの久高島を見るために、置いてあった香炉を「踏み台」にしている日本人観光客を見た時は、よそ者ながらショックを受けた。

御嶽の最奥にある三庫理(サングーイ)。琉球石灰岩の巨岩ふたつが寄り添うように立っており、その間の空間が三角形の回廊となっている。

自然が作った空間を巧みに生かすことで、聖域の気配を高めている。

寄満(ユインチ)と呼ばれる拝所。オーバーハングした岩の天井と下がる鍾乳石から、ここがかつて地下の鍾乳洞であったことがわかる。鍾乳石の先端は、戦中の米軍の艦砲射撃による爆風で欠損した。

亜熱帯の植生の「生」の状態が保たれているという点でも、御嶽の空間はとても貴重となっている。

■玉泉洞

琉球石灰岩でできた沖縄の島々には、鍾乳洞が多数ある。玉泉洞はそのなかでも最大級の規模であり、全長は5000mと言われる(現在はそのうち890mが公開)。洞内は大きなの鍾乳石の造形が多数見られるが、実際ここの鍾乳石の成長は3年で1mmと本州の鍾乳洞よりかなり成長が早い。

クラゲ状になった見事なつらら石。高温多雨な沖縄の気候が、地上の石灰石を溶かし、地下に大量に流れ込んで多数の鍾乳石を作った。

折れたつらら石の先には、鍾乳岩の成分(炭酸カルシュウム)を含んだ水滴が溜まり、再生が始まっている。

日本最大と言われる畔状の鍾乳石(リムストーン)。見どころの数が多く、本州の鍾乳洞2~3箇所分巡ったような満腹感がある。

天井が抜けた鍾乳洞に根を張るガジュマルの巨木。そのスピリチュアルな光景が話題となり、人気スポットとなった「ガンガラーの谷」。

古宇利島  ハートロックとポットホール

橋が開通してから、エメラルドグリーンの海と離島らしい風情が人気となり、本島でも有数の混雑する観光地となった古宇利島。ここには沖縄一美しいキノコ状の岩「ハートロック」とポットホールの奇岩がある。

「嵐」のCMロケに使われたことで有名になり、古宇利島の人気をけん引する存在となった「ハートロック」。溶食によってできた細かな岩のアウトラインに惹かれる。CMでは、ふたつの岩を重ねるとハートに見えると紹介されたが、岩と岩のあいだの空間も逆さのハートに見える。

キノコ状の岩ができる理由は、波打ち際の岩礁を見ればわかる。波に削られて海面の高さに「窪み」ができている。波食窪(はしょくくぼ)、ノッチと呼ばれる。

倒れたキノコ岩(本島南部 新原ビーチにて)。波食が進み、支柱がキノコの傘を支えきれなくなると倒壊する。いずれはハートロックも・・・。

ハートロックの隣、トケイ浜にあるポットホールの奇岩。この他にも穴のあいた奇岩が多数ある。

満潮時、波がポットホールを濡らしている様子を見ると、こうして穴が開いたのかと思いたくなるが、それは間違い。

背後の海食台から崩れて横倒しになったポットホールのある岩塊。砂浜のポットホールもこうしてできた。

遠い未来、隆起して海食台となる平らな岩礁には、すでに無数のポットホールが開いていた。

やんばるの山と慶良間諸島

やんばるの山々や本部半島を作る沖縄本島北部の古い地層群は、いくつかのグループに分けられる。総じて西側(東シナ海側)の地層が一番古く、東側(太平洋側)に向かうにしたがって年代が新しくなる。深海で堆積したチャート岩、はるか南の浅瀬でできた石灰岩、海溝の底でたまった堆積岩など多種多様な地層が列をなして並んでいる。景観としては、植生は別として、県外からの旅行者にとってはむしろ見慣れた感じで、琉球石灰岩からなる南部の地形の方が沖縄らしさを感じる。

ただ時間を大きく遡ってみると、本島北部の山地には大きなロマンが潜んでいる。那覇空港のターミナルから沖合を見ると、晴れた日なら慶良間諸島が目に入る。「慶良間ブルー」と称される圧倒的な海の美しさで、2014年には国立公園に指定されているが、この慶良間諸島と本島南部のやんばるの山々が、150万年~200万年前には地続きの山並みであったということがわかっている。しかも島尻層からスギやヒノキ幹の化石が見つかったことから、その山並みは標高2000mクラスの洋上にそびえる山脈であったと推測されている。屋久島の宮之浦岳が1936mなので、その連なりをイメージするとちょっと鳥肌が立つようなときめきがある。もちろんその頃には、今の那覇市街がある本島南部の琉球石灰岩層などは影も形もない。

中学校の理科の時間にウェゲナーの大陸移動説を習ったが、スケールが大きすぎてピンと来なかった。むしろ、慶良間諸島がかつてはやんばるの山と地続きで、その後沈降と隆起が繰り返されるなかで、今の沖縄本島の形になったと聞いた方が地史の壮大さを実感できる。

やんばるの山々には、亜熱帯の植物から照葉樹の濃い緑が一面に広がっている。国内でこれだけの規模で照葉樹林が残っている場所は少なく貴重。

座間味島付近に突き出た男岩(うがん)。砂泥互層の地層がくっきりと見える。

渡嘉敷島の南端、ウン島の断崖に見られる褶曲のある地層。

エメラルドグリーンをした座間味の港。

2月から4月は、慶良間諸島から沖縄本島付近の海域にザトウクジラがやって来る。

辺戸岬のカルスト地形

本部半島は、おもに2億年前の古い石灰岩からできており、そのためか名護市内から本部半島周辺を車で走っていると、セメント工場を目にすることが多い。「本部層」と呼ばれるその石灰岩層が、本島の北端である辺戸岬周辺にすこしだけ顔を出している。岬の付け根にある観光スポットの「大石林山」では、「熱帯カルストの北限」をうたったさまざまな石灰岩の造形と亜熱帯の森のコラボレーションが見られる。

大石林山の展望台から見た石灰岩の岩山と太平洋。

雨による溶食により、尖って針の山状になった石灰岩の山肌。

うっそうとした亜熱帯の森と石灰岩の組み合わせ。

辺戸岬の壮絶な岩壁と太平洋の荒波。沖縄のリゾートイメージとは程遠い険しい景観が広がる。

新旧石灰岩の出会い。手前の茶色い岩はこの場にあったサンゴ礁が起源となった琉球石灰岩、奥の灰色の岩は2億年前に赤道付近で堆積しプレートに乗ってやって来た石灰岩。

嘉陽層の褶曲

「嘉陽層」は、おもに本島北部の太平洋側に分布し、地層群のなかでは一番新しい。海溝の底に崩れ落ちた土砂が層となったもので、陸側の縁に付加される際に激しく押し付けられたので、地層には褶曲がみられる。名護市天仁屋の褶曲は特に見事。詳しくはhttp://geo-scape.com/kayousougaido/

砂泥互層の褶曲。天仁屋集落から干潮時のみ通行できる海岸線をバン崎まで歩く。

名護市のバン崎にある褶曲の断崖。そびえ立つ断崖一面の褶曲は言葉を失うほど圧巻。

比地大滝は、落差26mの沖縄本島最大の滝。駐車場から片道1.5km、ゆっくり歩いて60分の行程。

滝の下にある砂泥互層の地層のストライプ模様。

伊江島へ

美ら海水族館から西を見ると、水平線に伊江島の島影が見える。平らな部分に対して、城山(ぐすくやま・たっちゅー)のツンとした出方はどこか不自然に見える。自然の景観に対して「不自然」というのも変だが、琉球石灰岩からなる島の営みとは明らかに異質な時間の流れを感じる。

備瀬の浜から見た夕日と伊江島のシルエット。平らな島の広がりに対して、唐突な城山の突き出し方が印象的。

標高172mの城山山頂より。サトウキビをはじめ、さまざまな畑のモザイク模様がとても美しい。

本部港から出ているフェリー。伊江島は本島から約9km、片道30分の近さではあるが、離島ならではの「のんびり」感が味わえる。

伊江港入港寸前のフェリーから見た城山。

間近で見るとほとんど北アルプスの槍ヶ岳のよう。城山は全山が硬質なチャートでできている。もともとここにあった岩ではなく、海洋プレートによって運ばれてきた。

おもしろいのは乗っている島の年齢より、上にある城山のチャートの方が7000万年ほど古いということ。異質な出会いが伊江島の個性的な景観を作ったと言える。

登山道脇にある層状チャートの露頭。

私が登ったのは3月でしのぎ易かったが、真夏にここを登るのはかなり大変かと・・・。

島の南側の海岸線にあるニヤティア洞窟の入り口。

内部は広い空間となっており、戦中は多くの人が避難をした戦跡でもある。

鍾乳石が垂れた神秘的な空間に拝所が設けてある。

子宝伝承のある「力石」

北側の海岸にある湧出(わじぃー)。琉球石灰岩層と基盤であるチャート層の間から湧水が出ており、島の貴重な水源だった。展望台からは、海食台と断崖、海の深い青が見渡せる。

湧出展望台から見下ろすと、ちょうどキノコ岩ができる過程が並んでいるように見えた。もともとは①のように隆起した海食台から始まり、波による浸食で海食台が小さく分かれ②、残った部分が足元が削られることでキノコ状となり③、やがて支柱が細くなって倒れるか、消えてしまう④。

伊江ビーチの青い海。対岸には本部半島が見えている。

取材日

2011年7月5日

2016年3月5日~3月11日

2017年3月1日~3月6日

2018年3月6日~3月11日

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