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理科の教科書に載っていた模式図がそうなっていたからか、地層は平坦で水平に重なっていることが「標準」だと思っていました。しかし大地の変動が活発な日本列島でそのようなきれいな地層が見られるのは、火山噴火による降灰の地層くらいで、むしろ斜めに傾いたり折れ曲がっていることの方が一般だと言えます。
「褶曲」は、大地の営みのダイナミズムを視覚から直接感じ取ることができる一番のシーンです。紀伊半島から四国、南西諸島の太平洋沿岸には、そのような大褶曲を見ることができる「名所」が点在します。
沖縄県名護市の天仁屋・バン崎にある「嘉陽(かよう)層の褶曲」もそのひとつで、2012年に国指定の天然記念物に指定され、一気に全国区の知名度となりました。
潮位が下がる大潮の日を狙って
名護市の天仁屋という集落から先は海岸線を歩いて行きますが、褶曲までの距離はだいたい1.5km程です。大した距離ではありませんが、整備された歩道はなく、大小の礫が混じった海岸線を歩きます。
また何ヶ所か海にせり出した岩礁を巻いて歩きます。海が荒れて波が高い時はもちろん、潮位の高い時間帯も通行はできません。事前に必ず付近の潮位を調べ、最干潮になる前後1.5時間内を目途に行動計画を立てましょう。特にバン崎の先端部へは、潮が大きく引く大潮以外では、岩礁が海面上に現れず、歩くルートが分かりにくく危険です。
また南に開けた海岸線を歩くので、日中は一切の日陰がありません。往復に必要な飲料水(熱中症予防のため必ず予備を持参)と日除けなどの用意が必要です。
名護市中心部からは、国道329号から国道331号へと進み、東村を目指します。途中に「嘉陽層の褶曲」の案内が出てきますが、旧道側面の露頭にある褶曲への案内で、目指すポイントはここではありません。
「天仁屋」の集落への道案内が現れたら右折し、サトウキビ畑の中を通る道を海へとまっすぐに下って行きます。天仁屋の集落にある褶曲の案内板を確認し、さらに段丘崖につけられた急坂を下りきると天仁屋川の小さな河口に出ます。河口には「嘉陽層の褶曲」と書かれた地形解説の碑が設置してあり、空き地に適当に車を停めます。目の前はもう太平洋の大海原です。
ちょっとした冒険気分で
太平洋を正面に河口に立つと、右手には天仁屋岬に至る段丘崖が見えます。その崖にもすでに嘉陽層の大きな褶曲が見えています。目的地のバン崎は反対側の左手にありますが、ここからはまだそのゴールは見えません。
沖縄の海岸と言えば、エメラルドグリーンの海と白い砂浜、そして琉球石灰岩の岩礁をイメージしますが、ここにはそのような景観はありません。背後に聳える嘉陽層の断崖から崩れ落ち、波に洗われて丸くなった褶曲による縞模様の礫が海岸を覆っています。
バン岬までは特に危険はありませんが、礫を踏み通しの歩行は思った以上に脚に負荷がかかり疲れます。それでも岩礁を巻く度に新たな褶曲の風景が現れ、その見事さに気持ちも高まります。「道がない」「誰もいない」「潮位というタイムリミットがある」、そのような状況からか、ちょっとした探検気分も味わえます。
私はあまり海に接することがないので、潮位に対してかなり敏感です。釣りやマリンレジャーをする人なら、仮に潮位が上がって来てもどの程度までなら安全に行動できるかが判断できます。しかし海に不慣れな私は、それが自信をもってできないので、干潮時刻を過ぎるとかなりの切迫感を感じました。
河口周辺から見た天仁屋岬の段丘崖の褶曲。
ついに大褶曲が登場!
何度か岬状に突き出たの小さな岩場を巻いて行くと、ついにバン崎周辺の褶曲の地層が遠くに現れます。その規模もさることながら、褶曲から受ける美しさが桁違いであることが遠くからでもわかります。
砂泥互層のそれぞれの色が明瞭で、泥からなる頁岩層の黒に対して砂岩層の白が際立って見えます。しかも層が数㎝から十数センチ程度の厚みで揃っており、非常に緻密で繊細な褶曲模様が浮かび上がっています。植生の侵入による不明瞭感もなく、まさに完成度の高いランドアートを見るようです。
タービタイト 聳え立つアート
このような砂泥互層を「タービダイト」と言い、海中の大陸棚などにたまった堆積物が、巨大地震などが契機となって一気に崩れ落ち、深海に再堆積することでできます。粒子の大きさにより海底に達する時間に差ができるので、同じ粒状のものがそろって積もることなります。砂泥の縞模様はこうして生まれるのです。
太平洋プレートの上に積もったタービダイトは、プレートが大陸の下に潜り込む際に、果実の皮をむくように剝がされて行きます。剝がされた「皮」は、大陸の縁に次々と押し付けられ、さらに押し上げられて陸の一部となります。まっすぐだったタービダイト層がU字やS字になり、水平が垂直になる、そのような激しい変化がこの過程で起こっているのです。
バン崎の手間にS字に褶曲したトルソ状の岩の塊が立っていますが、どのような過程でこうなったのか、こちらの想像すらも受け付ない規模と曲がり具合です。はじめてそれを目にした時、深海で生まれた地層を青空をバックにして見上げている現実に、唖然とししばらく立ち尽くしてしまいました。
取材日:2016年3月7日と8日・2017年3月3日
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