南伊豆の地形を巡る 静岡県南伊豆町他

目次

夏の夜空の主役は天の川です。夕陽が沈み空に明るさが消えた頃、南の空を見上げると天の川が垂直に立ち上がっていく様子が見えます。夜の明るい日本で、天の川をハッキリ見るためには、標高の高い山に登るか、市街地から離れた南向きの海岸線に立つしかありません。伊豆半島の南端ある南伊豆エリアでは、漆黒の夜空に乳白色の天の川が見られます。首都圏から車で3時間、決して近くはありませんが、南伊豆は都心から行ける自然豊かな最南端と言えます。

南伊豆の蓑掛岩と天の川。夏の夜は垂直に立つ天の川と蓑掛岩を撮るために多くのカメラマンがやって来る。

須崎半島を歩く

南伊豆の玄関口である下田へは、沼津を起点にして修善寺から「天城越え」をするのが最速です。伊豆中央道も随分と山まで伸びました。修善寺の趣のある町並みから天城の山深い緑の中を走り、河津からは豪快な海岸風景が展開する、伊豆の多彩な景観を凝縮したようなドライブコースです。

須崎半島は、下田の市街地の東に突き出た小さな半島で、ここでは爪木崎と恵比須島の2ヵ所を巡ります。爪木崎は「俵磯」と呼ばれる柱状節理が、須崎漁港の隣にある恵比寿島では海底火山の噴出物の地層が見られます。

俵磯の柱状節理は、爪木崎灯台に続く遊歩道から見えますが、距離があるのでそこから見ても形状を確認できる程度で、何かを感じることはないでしょう。近づこうと海岸線に降りても、大きな柱状節理の岩礁の前で道は途切れます。釣り人が歩いたかすかな跡をたどり、節理の凹凸に足を乗せて横断するように岩壁を降りて行くと、ようやく俵磯の正面に出ます。一般向きではないので、自己責任での行動範囲となります。なんとか俵磯の波食台(おそらく採石の跡)に降り立つと、眼の前には円形劇場のような岩の空間が広がります。はじめて訪れた時は、細かな柱状節理が劇場の支柱や内壁の装飾に見えて、その造形性の高さに鳥肌が立つ思いでした。地形好きには何時間でもいられる場所です。

恵比須島へは「爪木崎入口」交差点を直進し、突き当たった須崎港のT字路を右に進みます。島には小さな橋が架かっており、そのたもとには駐車場と公衆トイレが用意されています。恵比須島では、火山灰や軽石が海中でゆっくりと降り積もった凝灰岩と、火山噴出物が海底を土石流のように流れ下って堆積した火山礫層が重なっている様子が見られます。凝灰岩は、火山灰が堆積した際にできた美しい層理模様が目を引きますが、もう一方の礫岩層は黒い礫がガラガラと積み重なるだけで、美のかけらもありません。最初は当たり前のように凝灰岩層にだけカメラを向けていましたが、二層の境界には大規模な火山活動があったのだろうと想像すると、この趣の異なる二層が重なっていることがとても重要に思えるようになりました。カメラを向けてみると、意外にも双方がお互いを引き立たせて「写真」になってくれました。

爪木崎が賑わうのは夏の海水浴シーズンと、水仙が咲き乱れる初春のころ。

爪木崎灯台と遊歩道。

遊歩道から見た俵磯の柱状節理。距離があるので望遠レンズを使って撮影。

俵磯の柱状節理。マグマが地層の層と層の間を割って入ってできた「岩床(シル)」と呼ばれる岩体。

朝日を浴びる俵磯の「円形劇場」。

恵比須島の凝灰岩層。堆積した際にできた層理が美しい模様となっている。ただ露頭の規模は小さいので、撮影では大きく見えるように工夫をしている。

恵比須島の遊歩道。満潮時や波の荒い時は通行注意。

火山灰からなる凝灰岩の上に乗る火山噴出物の礫岩層。見事なまでに美観が異なる岩相の重なりに、可笑しささえ感じる。

夕日があたる礫岩と凝灰岩。この二層の間には何が起こったのか、想像しながら撮影をした。

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胎内空間 龍宮窟

国道136号を下田の市街地から南伊豆町方面に走り、途中から「田牛(とうじ)」方面に入ると、海水浴場の入口に龍宮窟の大きな岩と樹林が現れます。「龍宮窟入口」と書かれた看板の下に伸びる薄暗い階段を下りて行くと、いきなり巨大な洞窟が目の前に現れます。道路沿いから見える明るい海岸線からは想像もしなかった場面転換に思わず感嘆の声が出ます。洞窟の天井は一部が崩落し、天窓のように空が見えています。そこから差し込む木漏れ日が小さな砂浜を照らし、波の音が洞内に響いていています。ここが信仰の対象になっていたという記述は調べても出てきませんでしたが、スピリチュアルな気配は充満しており、今後、若者を中心に「パワースポット」風の観光地として人気を集めるのではないでしょうか。

龍宮窟から石廊崎までの海岸線にも何ヶ所か立ち寄りたい地形があります。県道は田牛の先で途切れるので、一度国道136号に戻り石廊崎方面を進みます。弓ヶ浜海水浴場の先にある逢ヶ浜の外れには、扇状の柱状節理の露頭があります。節理の入る方向はマグマが冷えた方向と重なるので、筒状の空間に貫入したマグマが、接する岩に熱を奪われ、「円筒の外から冷えて固まった痕跡」と捉えていいのでしょう。

さらに海岸線を石廊崎に向かって進むと、点在する岩礁のなかでもひときわ姿のよい「蓑掛岩」が現れます。伊豆半島の南端に屹立する岩塔で、巻頭にも掲載しましたが、夏は天の川と岩のシルエットが重なります。しかし実際に撮影するとなると、羽田空港に着陸する旅客機と東京湾に出入りする船舶の光跡が途切れるのを狙うのですが(光跡をPhotoshopで消せばいいのですが・・・)、「太古の姿」に戻るのはほんの数分しかありませんでした。さすが首都東京の往来です。

久しぶりに行った石廊崎はずいぶんと閑散としていました。灯台の横にあった観光施設は取り壊しの真っ最中で、遊覧船のりばの駐車場から20分をかけて徒歩で登ります。汗を流したためか、神社の先にある岩礁と太平洋の青い広がりが印象的でした。

階段を下りて最初に目にする龍宮窟の姿。正面の小さな海食洞が起点となり、そこから入る波によりこんなに大きな洞窟ができた。天井はその重みを支えきれず崩落している。

★現在は落石事故があった関係で天窓の下には入れない。

宵の龍宮窟。

差し込む木漏れ日が美しい。スローシャッターで波をぼかして撮影。海食洞を見ている少年の後ろ姿をシルエットに借りる。★落石事故があったので現在は波打ち際までは出ることができない。

逢ヶ浜の外れにある放射状の柱状節理の露頭。現地には干潮時にしか行けないので注意。

望遠レンズで覗くと大小の礫が見える蓑掛岩。役行者伝説の残る奇岩。

熊野神社の祠がある石廊崎の先端部。その先は太平洋しかない。

石室神社へは、水冷破砕溶岩が降り積もったと思われる露頭の横を下りて行く。

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断崖に刻まれた火山の記憶

石廊崎で、伊豆半島の南下は終わり、以後は北上ということになります。レストハウス「あいあい岬」からは、南伊豆の海岸風景が一望できます。またここは南伊豆エリアのジオパーク発信基地になっており、豊富な展示資料と係りの方の分かりやすい解説を聞くことができます。

中木集落の夏は大混雑です。シュノーケリングで有名なヒリゾ浜への渡し船の出港地となっているからで、早朝から大勢の人が押しかけます。地形をゆっくり観察するのなら夏以外の季節が静かでお薦めです。石廊崎からの県道を離れて港に降りて行くと、向かって右手の岩礁にコンクリートで作られた遊歩道があります。その上部には、海底土石流による礫岩を割って貫入したマグマの柱状節理が見えます。

南伊豆エリアで一番の絶景は、入間集落から1時間歩いた先にある千畳敷でしょう。距離は短くても峠を越えて歩くので、ちょっとした隔絶感もあってか、その荒涼とした風景を前にすると「地の果て」を連想してしまいます。千畳敷の名の由来となった広い波食台から見る断崖には、火山灰による白い凝灰岩と水冷破砕溶岩による暗い色の地層の入りくんだ模様が見えており、凝灰岩の厚みに太古の火山噴火のすさまじさを感じます。

石廊崎から車で10分の距離にある あいあい岬。

中木の民宿&海の家。ヒリゾ浜に渡る人の車で駐車場は満車状態。

港の対岸から見た岩脈の柱状節理。

中木の柱状節理のハイライト。海食洞と節理模様のコラボレーション。

手前がガラガラとした質感の水冷破砕溶岩で、後方はそれを割って貫入したマグマが冷えてできた柱状節理。

子浦にある三十三観音石仏。海底土石流の堆積層が圧し掛かるようにせり出している。

火山弾の断面には、冷えた際にできた小さな放射状の節理が見える。

あいあい岬の駐車場から見た「千畳敷」。最奥の白い断崖の下に広がる。

入間の集落から千畳敷への道標。徒歩で約60分弱。

千畳敷に下る急な遊歩道。波が高い時は立入禁止。

千畳敷。石を切り出した跡がある。

美しい千畳敷の石切跡。

断崖に見える分厚い火山灰層と黒い水冷破砕溶岩の層。

凝灰岩層は塩類風化で不思議な造形を見せている。「地の果て」を感じさせる絶景ポイント。

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河津七滝と浄蓮の滝

帰路は、そのまま海岸線を西伊豆まで走ってもよいし、下賀茂温泉から下田市街、川津へと来た道を戻るのもよいでしょう。川津桜はすっかり「早咲きの桜」として全国に知られるようになり、温暖な伊豆では2月の半ばには見頃を迎え、大勢の観光客が花見を楽しみます。その川津から国道414号入り、カーブが連続する山道を登ると天城峠を越えます。その峠の前後に伊豆を代表する名瀑「川津七滝」と「浄蓮の滝」があります。共に付近の火山から流れ出た溶岩の上を流れ落ちる滝で、溶岩が冷えて固まる際にできた柱状節理が滝の景観の魅力となっています。

修善寺にある旭滝も柱状節理の上を流れる滝ですが、こちらは流れ出た溶岩によるものではなく、火山のなかのマグマの通り道である火道がそのまま冷えてできたものです。伊豆半島がおもしろいのは、さまざまな成因の火山地形をコンパクトに見てまわれる点にあります。最初はその違いなどはわかりませんが、何か所もめぐるうちに目が鍛えられ「着目点」が見えてきます。ジオパークの解説板が各所に設置してあるので、それも地形観察に役立ちます。私たちは専門家ではないので、地形を前にして間違った解釈をしても罪はなく、その壮大な地史のイメージを好きなだけ膨らませて楽しめばよいと思うのです。

川津桜の並木。冬枯れの風景に慣れた目には、本当に鮮やかに見える。

人里に咲く雰囲気を入れながら、でも花見の人は入れないように撮る。カメラマン泣かせの桜である。

川津のループ橋が七滝の入口の目印。

川津七滝「カニ滝」付近の遊歩道から俯瞰。本谷川の渓谷を流れ下った溶岩による柱状節理が谷一面に広がる。

川津七滝「初景滝」。柱状節理を流れる美しい滝。

川津七滝「出会い滝」。柱状節理を刻んで二つの沢が出会う景勝地。

川津七滝「大滝」。ホテルの露天風呂に隣接していて入浴客以外は見られなかったが、2017年8月より歩道が整備され近くで見られるようになった。滝の落ち口の横にある柱状節理が流れ出た溶岩層で、その下の黒い岩は噴火前の地面の層。

出合い滝への遊歩道は安全のために、峡谷から離れた位置に設けてあり、その中の様子を見ることができない。フェンスを乗り越えると水の流れで磨かれた見事な柱状節理が見えた。転落したらただことではすまない。自己責任で。

川津から天城峠を越えた先に浄蓮の滝の駐車場がある。

浄蓮の滝と柱状節理。元々の地面はすでに浸食されてなくなり、空洞となっている。

修善寺にある旭滝。柱状節理の「上面」を流れるので、石垣を積み上げたように見える。

修善寺にある「ジオリア」。伊豆ジオパークの発信拠点でもあり、展示資料も充実している。特に伊豆半島誕生の動画は秀逸。

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取材日:2016年2月18日

2016年12月24日~26日

2017年8月19日~24日

ジオスケープ・ジャパン 地形写真家と巡る絶景ガイド

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