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日本国内と海外の地形を特に区別して見ているつもりはありません。地球という視野で考えると、むしろ区別する方がおかしいことだと思います。ただ実質問題として、海外の取材は費用と時間がかかるので国内ほど気軽には行けません。海外の取材先を選ぶ時は、国内では見られない地形であること、地球の成り立ちにかかわるテーマであることを考慮しています。2018年のヨーロッパアルプスは、山岳氷河とその氷食地形を見ることでした。今回のアメリカのグランドサークルは、安定した地塊の造形を見ることです。変動の激しい日本列島ではありえない数億年分の地層の堆積を見てみたいと思いました。
グランドサークルとは Grand Circle
一般にはあまり知られていない言葉かもしれませんが、旅行業者の間では極めてポピュラーな言葉です。アメリカの南西部にあるユタ州、コロラド州、アリゾナ州、ニューメキシコ州にまたがる国立公園、国定公園の密集地のことを言います。広大な国土と多様な文化を持つアメリカにあって、「グランドサークル周遊」はいつも上位に入る人気の旅行テーマです。
半径約250kmのサークルの中には、国立公園が10ヵ所、国定公園が16ヵ所があり、それ以外にもナショナル・モニュメントとして、人気のアンテロープ・キャニオンやモニュメント・バレーなどがひしめきます。仮に10日間の日程が取れたとしても、その半分が見られるかどうかの規模です。
コロラド高原とグランド・ステアケース
グラントサークルの地形を理解するためには、コロラド高原とその下の地質構造であるグランド・ステアケース(大いなる階段)について知っておく必要があります。
■コロラド高原 Colorado Plateau
地球上の大陸は絶えず移動をし、衝突と分離を繰り返してきました。その激動のなかでこのコロラド高原一帯は、約6億年前から現在まで大きな地殻変動がなく安定した地塊として存在してきました。まわりに目を向けると東にはロッキー山脈がそびえ、西側には地殻が伸びる「ベイスン・アンド・レンジ」と呼ばれる変動帯が広がっています。静かなコロラド高原に対して、その周囲はかなり騒がしいと言えます。それらの干渉を受けることなく約6億年間も無音で過ごしたのです。これこそが奇跡であり、数々の絶景を生み出した源なのです。
■グランド・ステアケース Grand Staircase
コロラド高原の地下は、最下層となるテピーツ砂岩層が堆積した約5億2千万年前から、最上層となるクラロン層ができた6300~4000万年前にかけての地層が美しい縞模様として積み重なっています。
堆積層を構成する岩石はおもに石灰岩、砂岩、泥岩からなるので、その間の大半は海中に沈んでいました。ただグランドキャニオンに露出する各層の年代を調査した結果、途中で約10億年分の地層がなくなっていることが判明し、何度かコロラド高原は隆起し地上に姿を現して風化浸食を受けていたことがわかっています。
グランド・ステアケースを直訳すると「大いなる階段」とでもなるのでしょうか。約7000万年前、コロラド高原はもちろん北米大陸一帯は隆起を始めます(ララミー変動)。海中から浅瀬、そして陸化し、2000万年前には今のグランドキャニオンあたりが激しく隆起し、地層全体は模式図のように南上がりに大きくたわむことになります。その後、地表の侵食により各層の境目が断崖となって地表に現れます。その様子が階段に見えたことから「グランド・ステアケース」の名称がつきました。
コロラド高原の地質の様子を示した「グランド・ステアケース」の模式図です。全体的には南上がりに傾斜をしており、特にグランド・キャニオン周辺では、隆起量も多く表層の地層はすでに浸食されてなくなっています。またその途中の地層も斜めになっていることで、各層の境目が断崖となって現れています。それらが階段状になっていることからステアケースの呼称が当てられました。
もう一度上の地図を見て下さい。グランド・キャニオン(B地点)を出発し、北へ向かうとホワイトクリフを侵食してできたアンテロープ・キャニオンやザイオン国立公園の峡谷があります。そして最上層のピンククリフにはブライス・キャニオン(A地点)の土柱が断崖に見られます。グランド・ステアケースの模式図が頭に入っていると、それぞれの絶景に繋がりが感じられ、まさに日本では経験できない大きな大地の営みを実感することができます。
グランド・キャニオン国立公園 Grand Canyon
約600万年前から地表を削り始めたコロラド川は、現在1500m下の谷底を流れています。川が削った断崖には約15億年分の地層が現れました。はるか地平まで続くその地層を見るために、世界中から人々がやって来るのです。
■グランド・キャニオンの地層と地質
■月光でグランド・キャニオンを撮る
撮影当夜は満月の4日後でした。ラスベガスの月の出時刻を調べ、その1時間前に現地に到着できるようホテルを0時に出発しました。まずは月が出る前に星空のみを撮影。その後は月光を利用してグランド・キャニオンを撮りました。月の出直後の赤い月で撮ると被写体は朝焼けのように真っ赤になります。そこに期待をしていました。宿泊したヤバパイロッジから撮影場所のマーサーポイントまでは約2kmの距離、夜道を約30分歩いて移動です。野生のピューマに気をつけてと脅されましたが大丈夫でした。
■グランド・キャニオン 旅の点景
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アンテロープ・キャニオン Antelope Canyon
アンテロープ・キャニオンがある「ナバホ砂岩層」は、およそ1億8千万年前に風で運ばれてきた砂が堆積してできました。最大で厚さ600mにもなるこの砂岩層の砂の供給源についてはずっと謎でしたが、砂岩に含まれるジルコンの放射性同位体がアパラチア山脈のそれと一致したのです。 信じられないような話ですが、大陸の東海岸沿いにそびえるアパラチア山脈の砂が、川と風によって2500km離れたコロラド高原まで運ばれ、約1500万年の時間をかけて厚さ600mの砂岩層を作ったのです。因みに福岡と札幌の直線距離が約1400kmです。なんだか日本に住む私には数字のスケールが大きすぎてイメージもわきません。
コロラド高原の隆起により地表付近に露出したナバホ砂岩層は、岩の裂け目に浸み込んだ雨によって少しずつ削られ、幅の狭い渓谷(スロットキャニオン)を形成しました。これがアンテロープ・キャニオンです。
アンテロープ・キャニオンの人気の高さは、写真投稿サイトの世界的な活況もあり目を見張るばかりです。私が行った5月末頃は、ちょうどメモリアル・デーの連休と重なったこともあり、受付の事務所前の駐車場はものすごい数の車と観光バスでした。京都の社寺の紅葉と同じく、人の頭から上を狙うしかないかなと半ばあきらめに似た気持ちになりました。
アンテロープキャニオンには、「アッパー」と「ロウワー」の2か所の渓谷が観光地として公開されていましたが、増え続ける観光客に対応するためか、2016年から「X(エックス)」と呼ばれる第三の渓谷の公開も始まりました。今回は天井から指す光(ビーム)で名高いアッパーと、新しくまだ穴場感が残るXの2か所を撮影しました。
■アッパー・アンテロープ・キャニオン Upper Antelope Canyon
■アッパー・アンテロープ・キャニオンの撮影ガイド
結論から申し上げると、今回は現地の「フォトツアー」を利用しました。一日に数回しか実施されないので、できるなら日本で予約した方がよいでしょう。特にビームが現れるお昼頃のツアーは予約必至だと思います。
では一般の観光ツアーと何が異なるか? まず三脚が使えます(観光ツアーでは使用禁止です)。手持ちであってもISO感度を上げて、絞りを開ければ対応できますが、それでも暗いシーンやハイキー調に仕上げようと思ったら三脚が欲しくなります。渓谷内の滞在時間もフォトツアーの場合は長くなります。観光ツアーはだいたい30分程度ですが、私たちは約2時間以上現場にいました。これは気持ちの面でゆとりになります。そしてこれが最大のメリットですが、同行するガイドさんが観光客が写り込まないように通行整理をしてくれます。対面から来る人達も死角まで下がらせてくれるので、人が写真に写り込むことはありませんでした。またビームの位置なども的確に案内してくれて実にスムーズに撮ることができました。料金は一般ツアーの2倍以上もしますがその価値は十分あります。
一般的な注意点としては、渓谷内は砂埃がすごくレンズ交換はできません(撮影後は機材のメンテナンスをお忘れなく)。また持ち込む荷物も厳しく制限され、カメラザックは不可です。これは砂岩を傷つけないためで、フォトツアーであっても許可はおりませんでした。私は一眼レフカメラ1台とレンズ1本、三脚、ブロワー、防塵用の大きなビニール袋、ペットボトルだけを持って入りました。
レンズはおもに広角レンズを使用します。私は24~120mmの標準ズームレンズを付けて入りましたが、帰国して撮影データを見るとほぼ24mmでしか撮っていませんでした。現場ではもっと広角が欲しいと感じたので、思い切って14~24mmでもよかったかもしれません。ここは各自の好みがあるので判断はお任せします。
キャニオンXについては、ほとんど人混みはありませんでしたが、三脚の使用OKと滞在時間が長いこともあり、こちらでもフォトツアーを利用しました。
■アンテロープ・キャニオン X Antelope Canyon X
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ホースシューベンド Horseshoe Bend
コロラド川が主役となる代表的景観と言えばホースシューベンドです。馬蹄形に大きく蛇行して流れる様は大河を象徴しているように感じます。アンテロープ・キャニオンからも近く、合わせて計画を立てるとよいでしょう。国道89号線沿いに大きな駐車場があり、そこから展望台までは整備された道を徒歩で約15分です。日陰はないので帽子と飲料水を忘れないように。
私が立ち寄ったのは、5月下旬の午後3時頃です(日没は午後7時30分ごろ)。特に計算をした訳ではありませんが、地形を説明するには最適な光線状態でした。もう2時間後だと逆光で影が多くなりスケール感が出し難くなったと思います。また午前中は完全な順光で、これも立体感を出すのに苦労しそうです。1日を通して見ていないので断言はできませんが、正午から日没の3時間前ごろまでがよいのではないでしょうか。
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バーミリオンクリフ国定公園 Vermillion Cliffs
ザ・ウェーブ(The Wave)という絶景をご存じでしょうか? 名前の通り砂岩の模様が超絶に美しい曲線を描いているポイントです。しかし有名になり過ぎて今では砂岩保護のために、所在地は一切非公開、1日の立ち入り人数もくじ引きによる20名のみと厳しい管理下に置かれています。そのザ・ウェーブがあるのが、ユタ州とアリゾナ州にまたがるバーミリオンクリフ国定公園です。ここには未知の奇岩が多数あり、写真家や絶景マニア垂涎の地となっています。そのなかでザ・ウェーブと並ぶと称されるのがホワイトポケット(White Pocket)です。今現在、立ち入り許可や人数制限はなく、カナブ(Kanab)あたりから出発するガイドツアーに申し込めば誰でも行くことができます。
■ホワイトポケット White Pocket
ホワイトポケットの景観を説明すると、脳みそのような形状の白い岩肌が広がり、その下には朱色と白のマーブル模様がうごめく砂岩層があります。正直この地形がどのようにしてできたのか私にはわかりません。ネットで調べてみても確からしい答えはなく、たぶん専門家の本格的な調査もまだ入っていないのでしょう。そのなかで一番納得できる仮説は、分厚く積もった砂の層が地震か自重によって崩れ、下層と上層がまじりあってできたとするものです。しかしもしそうだとすると、下の写真にも写っている斜交層理をどう説明するのか?などの疑問がわいてきます。現場では時間が限られるなかで撮ることだけで精一杯だったので、今こうして自宅で写真を見ながらその成り立ちについての推測を楽しんでいます。
■ホワイトポケット 点景
■ポウ・ホール Paw Hole
ホワイトポケットから国定公園入口に戻る途中で、ポウ・ホールに少し寄り道をしました。赤い砂岩でできたさまざまな大きさの円錐台(先のない円錐形)の岩塔が並んでいます。その成り立ちは、少し硬い砂岩層が、その下の層を雨による侵食から守ったことでした。傘を差して下の層を守るようなイメージです。また岩塔の表面にみえる渦巻の模様は、堆積時に地層のなかにできた斜交層理によるものです。
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ブライス・キャニオン国立公園 Bryce Canyon
グランド・ステアケースの最上層にできたのがブライス・キャニオンで、約6000~4000万年前のクラロン層と呼ばれる赤系の堆積岩が侵食されました。当時はコロラド高原を含む北米大陸全体が大きく隆起をした頃で、クラロン層は海成層ではなく、陸化した後の湖底にできた堆積岩です。
展望台からは円形劇場のような谷間いっぱいに、フードゥー(Hoodoo)と呼ばれる土柱が林立しているのが見えます。土柱は地層中の硬い層がその下の柔らかい層を雨などによる侵食から守ることでできます。形成年代の古い硬くしまった地層では見ることはなく、どちらかと言うとできたてで岩の硬度にばらつきがあるような場所で見かけます。
ここもグランド・キャニオンおなじく、いくつかの展望台とそれぞれをつなぐリムトレイルが設けてあります。ブライス・キャニオンの場合は各展望台で高低差があり、サンライズポイント、サンセットポイント、インスピレーションポイント、ブライスポイントの順に高くなります。フードゥーを近くに見る(撮る)ならサンライズポイントからサンセットポイント、大観として俯瞰するならブライスポイント、インスピレーションポイントはその中間といった感じです。
■ブライス・キャニオン 点景
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レイクパウエル Lake Powell
コロラド川をダムで堰き止めてできたのがレイクパウエルです。今回は湖自体を観光することはなく、アンテロープキャニオンやバーミリオンクリフ国定公園への起点として利用しました。泊ったのはレイクパウエルリゾート(Lake Powell Resort)、部屋から湖の風景が一望できる素敵な場所でした。下の写真はすべてホテルの横の湖畔から撮ったものです。
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ラスベガス Las Vegas
グランドサークルの起点と終点になる街がラスベガスです。日本からの直行便がないので、ロスアンゼルスから国内線を乗り継くことになります。せっかくのカジノの街ですが、到着した日は時差で、帰国する前日は旅の疲れでとてもそのような気分にはなれませんでした。せめてと思い疲れた体にムチ打ってベラージオ前の噴水だけ撮りに出ました。
飛行機の機内から見たラスベガスの街は印象的でした。砂漠の地形を眺めながら写真を撮っていると、何の前触れもなくいきなり街が現れます。それがラスベガスなのですが、広大な砂漠に薄い敷物を敷いたような印象でした。大きな存在感の砂漠と、そこに根を張ろうと頑張る人間の力比べを見たような気がしました。
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旅のスナップ
取材日:2019年5月23日~30日
コメント
先生、地質と芸術のコラボありがとうございました。楽しく拝見し、読ませていただきました。
山﨑さま コメントありがとうございました。