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「外海府海岸」と書いて「そと・かいふ・かいがん」と読みます。
佐渡島の地形は、2列に平行に並んだ山地とその間を繋ぐ平野からなりますが、その上側の山地(大佐渡山地)の外海側を「外海府海岸」、両津湾側を「内海府海岸」と呼びます。地名で言うと島の北端となる弾埼から尖閣湾あたりまでを指します。絶えず強い季節風と荒波にさらされてできた、切り立った断崖が続く「風の景勝地」とでも言いましょうか。
尖閣湾からさらに海岸線を南下すると、金山・銀山で栄えた相川地区があり、段丘が顕著な七浦海岸へと続きます。このあたりまで来ると、外海府海岸で感じたような圧迫感はありませんが、日本海の荒波による奇岩の風景は続きます。全長約60kmにも及ぶこの海岸線沿いには、数々の奇岩や地形にまつわる風景が点在します。
トビシマカンゾウの咲く大野亀
外海府海岸が一番「らしい」姿を見せるのはおそらく冬場なのでしょう。大陸から吹き出した圧倒的な季節風は、海を渡り遮るものがないままこの海岸と大佐渡山地の北西斜面に当たります。大型の観光バスでさえ横風の風圧で、倒れるのではないかと怖くなるとバスの運転手さんに聞きました。また「冬の北風に比べたら台風なんて可愛いもの」と言った地元の方もいました。一度はその荒れた光景を見てみたい気もしますが、楽には撮らせてもらえないのでしょう。
今回ははじめての佐渡と言うこともあり、比較的気候も安定している5月下旬に訪れました。地形の取材がメインですが、花を添える意味で「トビシマカンゾウ」の咲くタイミングを意識して日程を決めています。トビシマカンゾウは佐渡島の初夏を代表する花で、例年5月下旬から6月上旬にかけて海岸線を中心に黄色い花の群落を作ります。花の名前につく「トビシマ」は、佐渡からさらに北にある山形県酒田市の沖合にある「飛島」のことで、この花は佐渡島とこの飛島にしか自生していません。
巨木をテーマに撮影をしていた頃に、この飛島がタブノキの北限であることを知りました。あの温暖なイメージのあるタブノキが、山形県の島にあるのかと疑いましたが、日本海を北上する対馬暖流のお陰で島の平均気温は意外と高いのです。佐渡島もさすがに北向きの外海府海岸では見かけませんでしたが、島の南西にあたる小木半島では、タブノキをはじめとする照葉樹がたくさん海岸線に自生していました。トビシマカンゾウがそうであるように、この二つの島は気候的には繋がっているのかもしれません。
脱線しましたが、佐渡の観光ポスターに頻繁に登場するのが、トビシマカンゾウと大野亀の巨岩の組み合わせです。巨岩と黄色い花の絨毯という硬軟の対比はなかなか他では見られません。集客力のある風景と言えます。海面からの高さが167mもある大野亀は、地下の岩の割れ目に貫入した溶岩が、噴火することなく冷えてできた岩の塊がもとになっています。亀と形容されるずんぐりとしたその姿から、溶岩がたまる「マグマだまり」がそのまま冷えて固まったようにも見えます。大地が隆起するなかで周囲が波で浸食されてなくなり、硬い岩の塊が残り「大野亀」として目の前に現れたのです。
観光ポスターのように、青空を背景に緑の大野亀、黄色い花を組み合わせて撮るなら順光になる午前中です。午後になると、太陽は大野亀の向こうの日本海に傾いていくので逆光になります。それも悪くはないのですが・・・。
奇岩が連続する県道を行く
大野亀周辺は人家もなく、佐渡島の外周道路のなかでも一番道幅の狭いところです。花の観光シーズン中は大型観光バスやレンタカーで混み合い、かなり難儀をして走ることになります。
その大野亀を後に県道45号を南下します。断崖の縁を通り、トンネルをくぐりながら、土木技術と厳しい自然のギリギリのはざまに通された道を走って行きます。車窓からの眺めは抜群で、カーブを曲がる度に現れる新たな景観には目を奪われます。ただ高度感があるので、のんびりとそれを眺める気分にはなりませんが・・・。
海府大橋は、車を停めて風景を眺めることができる数少ないポイントです。もっとも正規の駐車場はなく(橋の南西側にある路側帯を一時利用)、道幅も1.5車線程度しかないので、橋上に出るのは完全な自己責任となります。橋の下を流れる大ザレ川は、橋を越えてた海側で落差50m以上の「大ザレの滝」となって日本海に注いています。残念ながら橋の上からはその落ち口だけが見えるだけで、その全容はうかがい知れません。しかし大ザレ川の急流が背後の山をV字に刻んでいる光景は、まだまだこれから何かが起きそうな「地形の若さ」を感じす。
しばらく県道を進んだ先にある石名集落から山側に向かう道を登って行くと、巨大杉の森の前に出ます。「大佐渡石名天然杉」と名付けられ、一周1時間程度の遊歩道が整備されています。日本海側に自生する「裏杉」独特の伏状型をした巨木が何本も聳え立ち、佐渡の自然の多様さを知ることができます。もし佐渡に来て雨に合ったら、是非この森を訪ねてみるといいでしょう。立ち込める霧のなかで見る巨杉は威厳に満ちているはずです。参考までに森に至る林道は、両津湾側の和木からも登れますが、こちら側の方が道は狭いので、運転に自信のない人は石名から登ることをお薦めします。雪が多い年には、カンゾウの咲く時期にはまだ「冬期通行止め」の可能性もあります。
平根崎の甌穴群
平根崎の駐車場に車を停め目の前の岩を登ると、日本海とそれに向かって傾斜している巨大な岩層が目に入ってきます。その風景のスケールの大きさに声も出ないほどです。外海府海岸のなかで一番気に入った場所です。
大陸外縁部の地面が裂け始め、その一部が分離することで日本列島ができるのですが、さらに大陸と列島の間に海水が流れ込むことで「日本海」も誕生します。およそ2500万年前のことです。平根崎のこの岩は、その誕生直後から海底に降り積もった堆積物が固まってできたものです。すなわち、この岩の上に立つということは、日本海で最初にできた堆積岩の上に立っているということになります。これはすごいことです。「下戸(おりと)層」と呼ばれるこの石灰質砂岩層を調査・分析することで、日本海誕生直後は今よりはるかに温暖な海で、沖縄に近い環境だったことがわかってきました。
また平根崎は甌穴群でも知られており、「波食甌穴群」として国の天然記念物にも指定されています。石灰質砂岩の斜面を慎重に下り波打ち際に近寄ると、大小の円形の穴が並んでいる不思議な光景に目が止まります。甌穴と呼ばれる地形の現象で、岩の窪みに入った小さな石などが、打ち寄せる波の力によって回転し、周囲の岩を少しづつ削ってできた奇景です
佐渡の金山・銀山遺跡
佐渡島の中で一番重要な地質的要素は、鉱物資源にまつわる事例かもしれません。佐渡の歴史そのものと言ってもよい金山・銀山については、すでに自然景観のなかで見られることはなく、史跡として見学・理解した方がよいでしょう。相川から山に向かって伸びる大佐渡スカイライン沿いには、金山・銀山にまつわる史跡が点在しています。
金や銀は、通常の水にはほとんど溶けませんが、地下深くにある高圧の熱水には溶け込みます。金銀が溶け込んだ熱水が断層などの割れ目を伝って上昇する際、熱水の温度低下により溶けていた金銀はそこで沈殿して行きます。それが高濃度で残った割れ目が鉱床となります。日本海誕生前後の活発な火山活動の熱と豊富な熱水の合わせ技により佐渡島には大規模な金銀の鉱床ができたのです。
その他の見どころ
弁慶のはさみ岩
県道45号を尖閣湾から相川に向かって走っていると、「下相川」に入る寸前に見えます。岩の割れ目に大きな岩が不安定に挟まっています。正面に立つと、海へ突き出した岩礁にまでその割れ目が続いているように見え、断層があるのでは推測します。3月下旬ごろには割れ目の向こうに夕日が沈むようです。
七浦海岸の夫婦岩
相川の市街地から段丘の急坂を登ると、県道沿いには相川温泉のホテルが並びます。日本海を高台から俯瞰するのでこのあたりからの夕日もきれいだと思います。夫婦岩はさらにその先の海岸線にあります。波食洞のある方が妻、その右にあるのが夫の岩です。
番外編 ドンデン高原とシラネアオイ
大佐渡山地は標高こそ1000mしかありませんが(もっとも小さな佐渡島のなかに標高1000mの山地があることは驚異的なこと!)、厳しい季節風の支配下にあるため、本州の標高2000mクラスの高所で生きる高山植物を見ることができます。両津の市街地から車で登ることができる「ドンデン高原」は山上からの眺めもよく、5月中~下旬頃は、シラネアオイの群落が見られるとあって大勢のハイカーが島にやって来ます。
取材日:2017年5月25日~5月31日
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