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日本列島の地質は、総じて日本海側のものほど年代が古く、太平洋側に行くほど新しくなります。太平洋に突き出た室戸は、地質的には一番新しい「四万十帯」と呼ばれる地質帯でできており、室戸岬に関しては、およそ1600万年前に深海底で堆積したものが隆起しました。海岸線に腰掛けて目の前の岩礁をぼんやりと眺めていると、つい今しがた海の中から現れた、そんな鮮烈な映像が頭に浮かんで来るのです。
南の果て 室戸岬の自然
四国の最南端は足摺岬ですが、室戸岬の張り出し方も半端なく、その先端まで行くには、徳島市や高知市といった大きな街からはかなりの時間を要します。道中延々と広がる太平洋の海原や山の濃い緑を眺めているうちに、現世との隔絶が心に刷り込まれていくのを感じます。そして到着した岬の先端で太平洋を眺めていると、「南の果て」まで来たなと実感するのです。
その太平洋の沖合140km先の深海には「南海トラフ」が横たわっています。室戸岬はそこを震源とする度重なる地震で隆起しでできた土地で、山上部から海岸線にかけて段々に広がる平坦な土地は、かつての海面の高さであり、波により侵食されてできた波食台のなごりです。周囲が波に削られた断崖からなる足摺岬とは好対照です。
タービダイトと付加体
まずは「タービダイト」と「付加体」というふたつの言葉について解説します。これを知ることで室戸の地形の特異性がより深く理解できるからです。
川によって運ばれる砂粒や泥は、河口から海に流れ出て近海の海底に堆積します。厚さが増すと自重の圧力により水分が抜けて堆積岩へと変化していきますが、海底の急斜面などに降り積もった不安定な堆積物は、地震などが引き金となって、一気に深海へと崩れ落ちて行くことがあります。砂や泥などが混ざりながら一気に落ちて行きますが、その粒子の大きさにより落下速度が異なるため(砂粒の方が早く落ちる)、砂と泥がわかれて深海底に堆積します。これを「砂泥互層」、または「タービダイト」と呼びます。室戸岬の白黒ストライブの岩礁は、四国沖の南海トラフの水深4000mの海底にたまったタービダイトだったのです。
南海トラフを陸側にたどって行くと、静岡県の駿河湾に到達します。室戸岬のタービダイトの砂や泥の起源は、駿河湾に流れ込む富士川が運んできた土砂でした。
では深海に降り積もったタービダイト層は、どのようにして地上に現れるのでしょう。 日本列島に沿うように走る海溝やトラフは、海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む場所にあたります。海洋プレートの上には、プランクトンやサンゴの死骸、大気中を漂う塵や火山灰などが堆積しています。さらにそこにタービダイト層が加わります。これら堆積物は、海洋プレートと一緒に大陸の下に潜ることはできず、リンゴの皮を剥くように、大陸のヘリによって海洋プレートからはがされてしまいます。行き場のないこの堆積物は、そのまま大陸のヘリに次々と押し付けられていき、新たな陸地へと生まれ変わります。これを「付加体」と呼んでいます。海洋プレートが沈み込む場所にだけ見られる陸地化の現象です。
室戸岬のタービダイト層が折れ曲がり、一部バラバラになっているのは、大陸プレートに押し付けられた際に変形したためです。
岬先端を歩く 付加体と斑レイ岩
中岡慎太郎像前から海岸沿いに「ビシャゴ岩」までは歩きやすい遊歩道が出ています。地形見学の見どころの前には、その成因などが書かれた案内板が設置してあるので大いに役立ちます。
岩は植物などとは違い、向こうから何かを語りかけてくれることはほとんどありません。愛想のない無表情の存在に思えますが、しかし解説を読むことで動的なイメージを持つことができたら、無機質な岩がすこし有機物のように思えてきます。室戸岬のタービダイト層は、形も変化に富みどちらかと言うと雄弁な岩礁なので、解説板の前に止まり、その声をじっくりと聞いてほしいと思います。
国道沿いの駐車場から、ウバメガシやアコウの照葉樹のトンネルを抜けると、明るく広い海岸線に出ます。特に中岡慎太郎像の前から浜に出たすぐにあるタービダイト層は、大きさといい、造形性といい、室戸岬を代表する「作品」です。
遊歩道は岬の先端部から東の海岸に沿って続きます。目の前に「エボシ岩」の尖った岩塔が見えてくると、あたりの岩はタービダイト層から、丸っこい外観をした白と黒の結晶がまだらに浮かぶ火成岩へと変化します。サラサラの玄武岩質溶岩が地中で冷えてできた「斑レイ岩」という岩です。その溶岩によって焼かれて変成した堆積岩の「ホルンフェルス」が、斑レイ岩に接しているところも見ることもできます。
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行当海岸を歩く
行当(ぎょうど)海岸を海側から空撮した写真をよく見ます。海岸線を走る国道脇から急斜面が始まりますが山頂として尖ることはなく、山上には真っ平らな土地が広がっています。今は畑として利用されていることがその空撮写真からもわかります。この平坦地こそ、かつての海食台のなごりです。これが有名な室戸岬の海成段丘です。
行当海岸には国道沿いに地形観察のための駐車場が設置してあります。遊歩道も短めですが新設されており、スランプ構造や海底の模様の化石である「化石漣痕」などを見ることができます。
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黒耳海岸を歩く
行当海岸から車で2分も走れば道の駅「キラメッセ室戸」に到着します。黒耳(くろみ)海岸の観察はここが起点になります。このあたりのタービダイト層の堆積は4000万年~3500万年前とされ、室戸岬のものより古くなります。地形の見学地としては2か所に分かれており、キラメッセの真下にある通称「千畳敷」と呼ばれる平坦な岩礁と、道の駅から高知市方面に徒歩10分ほど歩いたところにスランプ褶曲がみごとなタービダイト層のふたつです。
道の駅から俯瞰する千畳敷は、平行に並ぶ縞模様が美しく惚れ惚れとしてしまいます。またその上に立つと、砂岩層と泥岩層の質感や侵食のされ方の違いなどがよくわかります。まっすぐに伸びる砂岩層をしゃがんでまじかでよく見ると、小さな渦巻が所々で見られ、何か平穏ではないことが起きたのだろうと推理するのも楽しいです。
もう一方のタービダイト層の付近には駐車場がないので、道の駅に車を停めて徒歩で移動をします。国道に一度出て1km弱を歩きます。目印としては「盲堂谷橋」という小さな橋で(川が小さく橋だと気が付きにくい)、それを渡った先から海岸へ入り、海に向かって右手にある岩体が目指すタービダイト層になります。渦を巻くような褶曲や地層を割くように走る砂岩の岩脈などが見られます。
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取材日:
2016年1月16日~17日
2016年3月22日
2018年1月16日~19日