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沖縄の自然風景と言えば、「青い空と海、白い砂浜」というイメージが強烈で、それしかないような印象だが、丁寧に見て歩くと起源の異なるさまざまな岩石がそれぞれの特徴ある地形を見せている。ずっと温暖な気候下にあったから、サンゴ礁起源の岩の地形が中心になるが、プレートに乗って遠くからやってきた岩もあり、それらを合わせて巡ってみたい。
沖縄本島の地質 あらまし
沖縄本島の地質は、島の中央部あたりを境に大きく二つに分けられる。那覇などの都市が広がる中南部はおもにサンゴ礁を起源とする「琉球石灰岩」からなり、標高の低いゆるやかな丘陵地が続く。それに対して「やんばる」と呼ばれる山地が続く北部の地質は、できた年代も古く、遥か南の太平洋沖から海洋プレートに乗って来た「付加体」と呼ばれる堆積物からできている。
沖縄自動車道を那覇から名護方面に走っていると、その地形の変化を車窓で実感することができる。空港周辺から西原、沖縄市にかけては、起伏はあるものの台形をした丘陵地が続き、丘の上まで宅地や耕地が広がっている。そして石川インターの手前から前方に山並みが現れると、以後は左手に照葉樹の生い茂る山並みが続くようになる。
琉球石灰岩
石灰岩は、サンゴや有孔虫、ウミユリなどの生物の死骸や殻が海のなかで堆積してできた岩石である。本州の秋吉台などで見られる巨大な石灰岩の層は、およそ3億年前に赤道あたりの温かい海で堆積したものが、海洋プレートに乗って運ばれてきたものだ。それに対して沖縄の島で見られる「琉球石灰岩」は、この地で生息していたサンゴが起源となっている。まさに沖縄産の石灰岩と言ってよい。堆積した年代もおよそ170万年前~50万年前と、秋吉台などの石灰岩と比べるとはるかに若い岩石である。
琉球石灰岩は、鹿児島県の喜界島から以南で見られ、沖縄県の土地の30パーセントを占める。万座毛をはじめ、景勝地となっている海食崖の高さを見ても、琉球石灰岩の厚さが相当あることがわかる。
その琉球石灰岩は「島尻層」と呼ばれる泥岩層の上に乗っている。島尻層はおよそ500万年前に中国大陸から流れ出た土砂が半深海で堆積してできたもので、層の厚さは2000mを越える。その後付近は隆起(島尻変動)し、島尻層の泥岩の一部が地上に現れ、波に侵食されて浅い海となった。琉球石灰岩は、この浅海に育ったサンゴが元になっている。
琉球石灰岩の名所
■ギーザバンタ(慶座絶壁)
沖縄の海岸線は白砂のビーチしかないイメージだが、実際は地盤の隆起にともなう険しい海食崖が圧倒的に多い。ギーザバンタも喜屋武岬から知念岬にかけて続く本島南端の断崖のひとつで、那覇空港に着陸する旅客機から俯瞰すると、断崖とその上に広がる海食台からなる本島南部の地形がよくわかる。このギーザバンタを含め周囲の断崖は、沖縄戦でアメリカ軍に追い詰められた人々が行き場を失い、身を投げたという悲劇の場所でもある。
ギーザバンタ全景。観光地ではないので案内板などはない。カーナビで名称が出てくればよいが、なければゴルフ場のフェンスに沿った道を走れば駐車場に着く。
■斎場御嶽
斎場御嶽は沖縄のなかでも最高位に位置する聖域で、それゆえ人の手が入らずに植生などもオリジナルに近い状態が保たれている。はじめて沖縄本島を訪れた二十数年前は、むやみによそ者が入ってはいけない無言の敷居の高さがあったが、「パワースポット」という言葉が一般化した昨今、大勢の人が気軽に押し寄せる観光地となってしまった。草木の向こうの久高島を見るために、置いてあった香炉を「踏み台」にしている日本人観光客を見た時は、よそ者ながらショックを受けた。
■玉泉洞
琉球石灰岩でできた沖縄の島々には、鍾乳洞が多数ある。玉泉洞はそのなかでも最大級の規模であり、全長は5000mと言われる(現在はそのうち890mが公開)。洞内は大きなの鍾乳石の造形が多数見られるが、実際ここの鍾乳石の成長は3年で1mmと本州の鍾乳洞よりかなり成長が早い。
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古宇利島 ハートロックとポットホール
橋が開通してから、エメラルドグリーンの海と離島らしい風情が人気となり、本島でも有数の混雑する観光地となった古宇利島。ここには沖縄一美しいキノコ状の岩「ハートロック」とポットホールの奇岩がある。
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やんばるの山と慶良間諸島
やんばるの山々や本部半島を作る沖縄本島北部の古い地層群は、いくつかのグループに分けられる。総じて西側(東シナ海側)の地層が一番古く、東側(太平洋側)に向かうにしたがって年代が新しくなる。深海で堆積したチャート岩、はるか南の浅瀬でできた石灰岩、海溝の底でたまった堆積岩など多種多様な地層が列をなして並んでいる。景観としては、植生は別として、県外からの旅行者にとってはむしろ見慣れた感じで、琉球石灰岩からなる南部の地形の方が沖縄らしさを感じる。
ただ時間を大きく遡ってみると、本島北部の山地には大きなロマンが潜んでいる。那覇空港のターミナルから沖合を見ると、晴れた日なら慶良間諸島が目に入る。「慶良間ブルー」と称される圧倒的な海の美しさで、2014年には国立公園に指定されているが、この慶良間諸島と本島南部のやんばるの山々が、150万年~200万年前には地続きの山並みであったということがわかっている。しかも島尻層からスギやヒノキ幹の化石が見つかったことから、その山並みは標高2000mクラスの洋上にそびえる山脈であったと推測されている。屋久島の宮之浦岳が1936mなので、その連なりを空想するとちょっと鳥肌が立つようなときめきを覚える。もちろんその頃には、今の那覇市街がある本島南部の琉球石灰岩層などは影も形もない。
中学校の理科の時間にウェゲナーの大陸移動説を習ったが、スケールが大きすぎてピンと来なかった。むしろ、慶良間諸島がかつてはやんばるの山と地続きで、その後沈降と隆起が繰り返されるなかで、今の沖縄本島の形になったと聞いた方が地史の壮大さを実感できる。
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辺戸岬の熱帯カルスト
本部半島は、おもに2億年前の古い石灰岩からできており、そのためか名護市内から本部半島周辺を車で走っていると、セメント工場を目にすることが多い。「本部層」と呼ばれるその石灰岩層が、本島の北端である辺戸岬周辺にすこしだけ顔を出している。岬の付け根にある有料観光施設である「大石林山」では、「熱帯カルストの北限」と言われ鋭角的なカルスト地形の造形とやんばるの森のコラボレーションが見られる。
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嘉陽層の褶曲
「嘉陽層」は、おもに本島北部の太平洋側に分布し、地層群のなかでは一番新しい。海溝の底に崩れ落ちた土砂が層となったもので、陸側の縁に付加される際に激しく押し付けられたので、地層には褶曲がみられる。名護市天仁屋の褶曲は特に見事。詳しくはhttp://geo-scape.com/kayousougaido/
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伊江島へ
美ら海水族館から西を見ると、水平線に伊江島の島影が見える。平らな部分に対して、城山(ぐすくやま・たっちゅー)のツンとした出方はどこか不自然に見える。自然の景観に対して「不自然」というのも変だが、琉球石灰岩からなる島の営みとは明らかに異質な時間の流れを感じる。
北側の海岸にある湧出(わじぃー)。琉球石灰岩層と基盤であるチャート層の間から湧水が出ており、島の貴重な水源だった。展望台からは、海食台と断崖、海の深い青が見渡せる。
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取材日
2011年7月5日
2016年3月5日~3月11日
2017年3月1日~3月6日
2018年3月6日~3月11日
2020年3月12日~3月14日
コメント
きれいな写真ですね。名護市には行ったことがありますが、この写真のような褶曲があるとは知りませんでした。ありがとうございます。